・・・この本は生の臭覚の欠けたいわゆる腐儒的道学者の感がなく、それかといって芸術的交感と社会的趨勢とに気をひかれすぎて、内面的自律の厳粛性の弱くなったきらいがなく意志の自律性を強靭に固守する点で形式的主観的でありながら、人間行為の客観的妥当性を強・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ この配流は日蓮の信仰を内面的に強靭にした。彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。 二年の後に日蓮は許されて鎌倉に帰・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・この世界はどんなになるか、そんな話は、いったい実になるものかどうか。私は実になる話だと思っているが。 ヴァニティ。この強靭をあなどってはいけない。虚栄は、どこにでもいる。僧房の中にもいる。牢獄の中にもいる。墓地にさえ在る。これを、見て見・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・猫にとってはおそらく不可思議に柔らかくて強靭な蚊帳の抵抗に全身を投げかける。蚊帳のすそは引きずられながらに袋になって猫のからだを包んでしまうのである。これが猫には不思議でなければならない。ともかくも普通のじゃれ方とはどうもちがう。あまりに真・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ エリカ・マンには、女性にめずらしい特長があり、疲れを知らない行動力、強靭な運動神経がある。ヘンリー・フォードが催したヨーロッパ早まわり競争に参加して、十日間に六千マイルを突破して一等になり、フォードより自動車を一台おくられたことがある・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・に即さず一つの社会的な事実としてこの事を観察すると、私は、日本の現在の階級対立のけわしさや、そのきびしい抑圧の中からも何かの可能性をひき出し、たとえ半歩たりとも具体的に前進しようとする階級の、いよいよ強靭にされる連帯性、積極性の大小さまざま・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・でいい意味での女らしさの範疇からもあふれていた、現実へのつよい倦むことない探求心、そのことから必然されて来る科学的な綜合的な事物の見かたと判断、生活に一定の方向を求めてゆく感情の思意ある一貫性などが、強靭な生活の腱とならなければ、とても今日・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・自分の生活、友の生活に向ってそれだけ強い意識をもちつづけ得るほどの強靭な人間性というものが珍しく、従ってその上に初めて可能に現れるしその友情が珍しい人間の歓びであるのだと思う。 同性の間で真の友を得ることができない女や男が、異性との間に・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・医師ラヴィックの生活をとおして全面に描き出されている旧いヨーロッパの秩序の崩壊に対するやきつくように鋭い意識とその意識につらぬかれつつそれをもちこたえてゆくダイナミックで強靭な感覚と神経。「凱旋門」が日本の若い人々を魅した秘密はそこにあるの・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・等で武士道徳のしきたりよりも更に強い人間の生命への執着と生の力の強靭さというようなものをその原形において押し出している。風変りな俊寛は、鬼界ヶ島で鬼と化した謡曲文学の観念を吹きはらって、勇壮に鰤釣りを行い、耕作を行い、土人の娘を妻として子供・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫