・・・ 前章にいえる如く、当世の学者は一心一向にその思想を政府の政に凝らし、すでに過剰にして持てあましたる官員の中に割込み、なおも奇計妙策を政の実地に施さんとする者は、その数ほとんどはかるべからず。ただに今日、熱中奔走する者のみならず、内外に・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 父兄はもちろん、取引先きも得意先きも、十露盤ばかりのその相手に向い、君は旧弊の十露盤、僕は当世の筆算などと、石筆をもって横文字を記すとも、旧弊の連中、なかなかもって降参の色なくして、筆算はかえって無算視せらるるの勢なり。いわんや、その・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・文芸理論に於てはヨーロッパの評論、文学評価を学んで封建的善玉悪玉の観念を排し、社会と人間との現実を描くことを慫慂した逍遙が、「当世書生気質」の描法にはおのずから自身が明治社会成生の過程に生きた青年時代の社会関係の角度を反映して、多分に弁口達・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・坪内逍遙の「当世書生気質」は、日本の近代文学の第一歩の導きとなって彼の近代小説論「小説神髄」の創作的実験であったが、その作品の世界は書生という姿に於て踏襲されている昔ながらの遊蕩の世界であり、その遊蕩というものに対する作者の態度も、戯作者的・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・をあらわし、「当世書生気質」を発表して「恰も鬼ケ島の宝物を満載して帰る桃太郎の船」のように世間から歓迎された二年後のことであった。三つ年下だった二葉亭はその頃のしきたりで当時新しい文学の選手であった「春のやおぼろ」と合著という形で「浮雲」の・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 女学校の二年ぐらいから、玄関わきの小部屋を自分の部屋にして、こわれかかったような本棚をさがし出して来て並べ、その本棚には『当世書生気質』ののっている赤い表紙の厚い何かの合本や『水沫集』も長四畳のごたごたの中からもって来ておいた。 ・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・しかも猶、この新しい写実文学の提唱者によって書かれた小説「当世書生気質」が、作品としては魯文の血縁たる強い戯作臭の中に漂っていた。 二年後の明治二十年に、二葉亭四迷の小説「浮雲」があらわれ、日本文学ではじめての個性描写、心理描写が試みら・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・「当世書生気質」を収録した『太陽』増刊号の赤いクロースの厚い菊判も、綴目がきれて混っている。 こんな本はどれもみんな父や母の若かった時分の蔵書の一部なのだが、両親は、生涯本棚らしい本棚というものを持たなかった。その代り、どこの隅にもちょ・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・坪内逍遙が「当世書生気質」を発表した頃で、それに刺戟され、それを摸倣して書いた小説であり、当時流行の夜会や、アメリカ人や洋装をした紳士令嬢などが登場人物となっている。十八九歳だったこの才媛は、既に反動期に入った日本としての、女権拡張の立場に・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫