・・・しかしながら行けども行けども他の道に出遇いかねる淋しさや、己れの道のいずれであるべきかを定めあぐむ悲しさが、おいおいと増してきて、軌道の発見せられていない彗星の行方のような己れの行路に慟哭する迷いの深みに落ちていくのである。四・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ そこから彗星のような燈の末が、半ば開けかけた襖越、仄に玄関の畳へさす、と見ると、沓脱の三和土を間に、暗い格子戸にぴたりと附着いて、横向きに立って誂えた。」「上州のお客にはちょうど可いわね。」「嫌味を云うなよ。……でも、お前は先・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・それは恰も、彗星が出るような具合に、往々にして、見える。が、彗星なら、天文学者が既に何年目に見えると悟っているが、御連中になると、そうはゆかない。何日何時か分らぬ。且つ天の星の如く定った軌道というべきものもないから、何処で会おうかもしれない・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・天才てものは何時ドコから現われて来るか解らんもんで、まるで彗星のようなもんですナ……」と美妙は御来迎でも拝んだように話した。それから十日ほど過ぎて学海翁を尋ねると、翁からも同じ話を聴かされたが、エライ男です、エライ男ですと何遍となく繰返・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・登勢も名を知っている彦根の城主が大老になった年の秋、西北の空に突然彗星があらわれて、はじめ二三尺の長さのものがいつか空いっぱいに伸びて人魂の化物のようにのたうちまわったかと思うと、地上ではコロリという疫病が流行りだして、お染がとられてしまっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 彗星の表現はあまりにも真実性の乏しい子供だましのトリックのように思われたが、大吹雪や火山の噴煙やのいろいろな実写フィルムをさまざまに編集して、ともかくも世界滅亡のカタクリズムを表現しようと試みた努力の中にはさすがにこの作者の老巧さの片・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・第一のテーマは楽譜の形からも暗示されるように、彗星のような光斑がかわるがわるコンマのような軌跡を描いては消える。トリラーの箇所は数条の波線が平行して流れる。 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・というような純文芸雑誌が現われて、露伴紅葉等多数の新しい作家があたかもプレヤデスの諸星のごとく輝き、山田美妙のごとき彗星が現われて消え、一葉女史をはじめて多数の閨秀作者が秋の野の草花のように咲きそろっていた。外国文学では流行していたアーヴィ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「それから彗星がギーギーフーギーギーフーて云って来たねえ。」「いやだわたあちゃんそうじゃないわよ。それはべつの方だわ。」「するとあすこにいま笛を吹いて居るんだろうか。」「いま海へ行ってらあ。」「いけないわよ。もう海からあ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・それでも二人はいつものようにめいめいのお宮にきちんと座って向いあって笛を吹いていますと突然大きな乱暴ものの彗星がやって来て二人のお宮にフッフッと青白い光の霧をふきかけて云いました。「おい、双子の青星。すこし旅に出て見ないか。今夜なんかそ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫