・・・ フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火を持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者がこの世に最後の執着を感ずるようにきび・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・翌日は非常な意気ごみで紀代子の帰りを待ち受けた。前日の軽はずみをいささか後悔していた紀代子は、もう今日は相手にすまいと思ったが、しかし今日こそ存分にきめつけてやろうという期待に負けて、並んで歩いた。そして、結局は昨日に比べてはるかに傲慢な豹・・・ 織田作之助 「雨」
・・・を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあるときは、第一着の願書を採用するという都合らしく、よっては今夜早速に、それらの相談を極めておき、いよいよ今度の閣令が官報紙上に見えた日に、それを待ち受けていて即刻に書面を出すことにした・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・』文造はその実自ら欺いたので、決してこの結果を待ち受けてはいなかッた。『彼女は自分を恋したのではない。彼女の性質で何もかもよくわかる。君には値なき妾に候とはうまく言ったものだ!』かれは痛ましげな微笑をもらした。『彼女は今まで自己の価値を・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・人間には、どんなところに罪が彼を待ち受けているか分らない。弱点を持っている者に、罪をなすりつけようと念がけている者があるのだ。彼は、それを思って恐ろしくなった。 二「財布を出して見ろ。」「はい。」「ほかに金・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 見晴しのきく、いくらか高いところで、兵士は、焼け出されて逃げてくる百姓を待ち受けて射撃した。逆襲される心配がないことは兵士の射撃を正確にした。 こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめがけて走せて来・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・退け二の矢を継がんとするお霜を尻目にかけて俊雄はそこを立ち出で供待ちに欠伸にもまた節奏ありと研究中の金太を先へ帰らせおのれは顔を知られぬ橋手前の菊菱おあいにくでござりまするという雪江を二時が三時でもと待ち受けアラと驚く縁の附際こちらからのよ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・この旅には私は末子を連れて行こうとしていたばかりでなく、青山の親戚が嫂に姪に姪の子供に三人までも同行したいという相談を受けていたので、いろいろ打ち合わせをして置く必要もあったからで。待ち受けた太郎からのはがきを受け取って見ると、四月の十五日・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 養子の兄はおげんに、「小山の家の衆がみんな裏口へ出て待受けていますで、汽車の窓から挨拶さっせるがいい」 こう言った頃は、おげんの住慣れた田舎町の石を載せた板屋根が窓の外に動いて見えた。もう小山の墓のあたりまで来た、もう桑畠の崖・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・塾ではどんな新教員が来るかと皆な待ち受けた。子安が着いて見ると案外心易い、少壮な学者だ。 こうなると教員室も大分賑かに成った。桜井先生はまだ壮年の輝きを失わない眼付で、大きな火鉢を前に控えて、盛んに話す。正木大尉は正木大尉で強い香のする・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫