・・・どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、きびきびとした成功が齎らす、身ぶるいのする様な爽かな感じが、私の心を引っ掴んだ。私は此の勢に乘じてイフヒムを先きに立てて、更に何か大きな事でもして見たい気・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ 戸は内へ、左右から、あらかじめ待設けた二人の腰元の手に開かれた、垣は低く、女どもの高髷は、一対に、地ずれの松の枝より高い。 十一「どうぞこれへ。」 椅子を差置かれた池の汀の四阿は、瑪瑙の柱、水晶の廂であ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・俺は先刻から思う事だ、待設けの珍味も可いが、ここに目の前に転がった餌食はどうだ。三の烏 その事よ、血の酒に酔う前に、腹へ底を入れておく相談にはなるまいかな。何分にも空腹だ。二の烏 御同然に夜食前よ。俺も一先に心付いてはいるが、その人・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ これで国府津へは三度目だが、なかなかいいところだとか、僕が避暑がてら勉強するには持って来いの場所だとか、遊んでいながら出来る仕事は結構で羨ましいとか、お袋の話はなかなかまわりくどくって僕の待ち設けている要領にちょっとはいりかねた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪が、目にもつかず音もせず・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・昨夜彼らが新宅から帰って家へ這入る途端門口に待ち設けていた差配人は、亭主が戸をしめる余地のないほど早く彼らに続いて飛び込んで、なぜ断りなしにしかも深夜に引越をするそれでも君は紳士かと云うと、我輩が我輩の荷物をわきへ運ぶに誰に断わる必要がある・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・然し、それが対社会的になって、一人の人間として社会に入って行くとなると、其処にいろいろ困難な実際上の出来事が待ち設けています。例えばその作品に対する作者の自由な態度を曲解して、その本当の意味でない、作者の毫も予期しない、不真面目な事件が起り・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・―― 私共は、待ち設けていもしなかった小包を受け、随分元気に歩いて、夕暮の散歩道をホテルまで帰ってきた。直ぐ紐を剪り、ガワガワ云わせて包紙を開き、中から本を取り出した。私の道伴れは、本を手にとり、真中ごろを開き、表紙を見なおし、彼女の善・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
出典:青空文庫