・・・文芸に従事するものはこの意味で後世に伝わらなくては、伝わる甲斐がないのであります。人名辞書に二行や三行かかれる事は伝わるのではない。自分が伝わるのではない。活版だけが伝わるのであります。自己が真の意味において一代に伝わり、後世に伝わって、始・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・昔、ペルシヤ戦争に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化発展の方向を決定したと云われる如く、今日の東亜戦争は後世の世界史に於て一つの方向を決定するものであろう。 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ もしも維新の一挙、当初に失敗したらば、この輩はただ世の騒乱を好みて平安をいとう者とて、天下後世の評論を受け、あるいはその寃を訴うるによしなきを知るべからずといえども、偶然に今日の事実を見ればこそ、前年に乱を好みしは、その心事の本色に非・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 聖人の本意は、後世より測り知るべからざるものとして、しばらくこれを擱き、その聖人の道と称して、数百年も数千年も、儒者のこれを人に教えて、人のこれを信じたる趣をみれば、欠点、はなはだ少なからず。就中、その欠点の著しきものは、孝悌忠信、道・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出して笑を後世に貽したるのみ。『万葉』が遥に他集に抽んでたるは論を待たず。その抽んでたる所以は、他集の歌・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・もし時代をもって言えば国の東西を問わず、上世には消極的美多く後世には積極的美多し。されば唐時代の文学より悟入したる芭蕉は俳句の上に消極の意匠を用うること多く、従って後世芭蕉派と称する者また多くこれに倣う。その寂といい、雅といい、幽玄といい、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ずっと後世になりヨーロッパの中世にあたる日本の藤原時代、女の人はどんなふうに縫ったり織ったりしていたのだろう。源氏物語の中には貴族の婦人たちが、自分で縫物をやっている描写はないと思う。優婉な紫の上が光君と一緒に、周囲の女性たちにおくる・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・万葉集をみると、当時は支配権力が決して後世のように確立していなかったこともうかがえるのである。 万葉集の時代が過ぎて文学のうえで婦人が活躍した藤原時代が来る。王朝時代の文学は、主として婦人によってつくられたということがいわれている。栄華・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・明治の聖代になってから以還、分明に前人の迹を踏まない文章が出でたということは、後世に至っても争うものはあるまい。露伴の如きが、その作者の一人であるということも、また後人が認めるであろう。予はこれを明言すると同時に、予が恰もこの時に逢うて、此・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ その後仲平は二十六で江戸に出て、古賀こがとうあんの門下に籍をおいて、昌平黌に入った。後世の註疏によらずに、ただちに経義を窮めようとする仲平がためには、古賀より松崎慊堂の方が懐かしかったが、昌平黌に入るには林か古賀かの門に入らなくてはな・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫