・・・ すると、女は後先をみまわしましたが、じりじりと寄って参り、「時につかぬ事をお伺い申しまして、恐れ入りますが、貴方は方々御旅行をなさいまして、可恐しい目にお逢い遊ばした事はございませんか。」 小宮山は、妙な事を聞くと思いましたが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・そして、しばらく雪の上にすわって闇を見つめて後先のことを考えました。 そのとき、彼は、かすかに、前方にあたって、ちらちらと燈火のひらめくのをながめたのであります。いままで、がっかりとして人心地のなかった彼は勇んで飛びあがりました。ああ、・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・此の夜縄をやるのは矢張り東京のものもやるが、世帯船というやつで、生活の道具を一切備えている、底の扁たい、後先もない様な、見苦しい小船に乗って居る余所の国のものがやるのが多い。川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・影のごとき漁船が後先になって続々帰る。近い干潟の仄白い砂の上に、黒豆を零したようなのは、烏の群が下りているのであろうか。女の人の教える方を見れば、青松葉をしたたか背負った頬冠りの男が、とことこと畦道を通る。間もなくこちらを背にして、道につい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫