・・・波木井殿に対面ありしかば大に悦び、今生は実長が身に及ばん程は見つぎ奉るべし、後生をば聖人助け給へと契りし事は、ただ事とも覚えず、偏に慈父悲母波木井殿の身に入りかはり、日蓮をば哀れみ給ふか。」 かくて六月十七日にいよいよ身延山に入った。彼・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそうである。それが善い悪いは別としてこの世の事実なのである。 さるのような人もありかにのような人もあるというのも事実であって、それはこの世界にさるが・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・「どうかもう少し願います。後生だから……」そう云って歎願しているが、さっきの人達はもう行ってしまって、それに代る助力者も急には出て来なかった。 馬はと見ると電柱につながれてじっとして立っていた。すぐその前に水を入れた飼葉槽が置いてあるが・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そして結局何かしら不祥な問題でも起してやはり汚名を後生に残したかもしれない。 こういう点でどこかスパランツァニに似ている。優れた自由な頭脳と強烈な盲目の功名心の結合した場合に起りやすい現象であると思う。 この随筆中に仏書の悪口をいう・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧くしながら西宮を見る。「もう一遍」「ええ。故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」「もう・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 私は自分の居る所の番地も知らずに居る罪のない後生願いの婆さんの事を可愛らしく思い出しながら、大変愉快そうに頬を火照らして微笑して居る弟の顔を見て居ました。 四月に大塚の一年に成った彼は今お伽噺に魂を奪われて居るのです。 生れつ・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・ 腹を立てた様に太い声を出して云うのである。後生願いの良い婆さんだから私に、本願寺にお参りさせて呉れろと云う。案内して呉れと云うのか私の金で連れて行ってくれと云うのか分らない。 一つ二つ短かい距離を行く間に「あみださま」に関した・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・打ちあけて何も話さず、てんから藍子が尾世川の何かでありでもするように、「ねえ、あなた。後生だから一目尾世川さんに会わして下さいよ。あなたの御迷惑んなるようなこと、きっとしませんから、ね? 一目会わして下さい」 躙りよって来て藍子の膝・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・マリーナは、「ね、後生だからダーシェンカ」 心臓でも搾られるように云って、ダーリヤの手頸を捕え、自分の胸に押しつけた。「どうか私がただの吝嗇坊で、お金のことをやかましく云うのだと見下ないで下さいね? 私あなたがたが黙ってても心で・・・ 宮本百合子 「街」
・・・どうぞあの舟の往く方へ漕いで行って下さいまし。後生でございます」「うるさい」と佐渡は後ろざまに蹴った。姥竹は舟ふなとこに倒れた。髪は乱れて舷にかかった。 姥竹は身を起した。「ええ。これまでじゃ。奥さま、ご免下さいまし」こう言ってまっ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫