・・・無用の徒事である。悪事である。しかし世に徒事の多きは啻にこの事のみではない。酒を買って酔を催すのも徒事である。酔うて人を罵るに至っては悪事である。烟草を喫するのもまた徒事。書を購って読まざるもまた徒事である。読んで後記憶せざればこれもまた徒・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・そうしてその科学界を組織する学者の研究と発見とに対しては、その比較的価値所か、全く自家の着衣喫飯と交渉のない、徒事の如く見傚して来た。そうして学士会院の表彰に驚ろいて、急に木村氏をえらく吹聴し始めた。吹聴の程度が木村氏の偉さと比例するとして・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・若輩は徒事に趨るもの多し。願くば余を其道より引き戻し給へ。余は彼女を恋せず。彼女は依然として余の愛らしき妹なり。愚者よ何の涙ぞ。」「頭痛堪へ難し。今日又余は彼女に遭ひぬ。然り彼女と共に上野を歩しぬ。余は彼女に遭はざらん事を希ふ。余の頭は・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・しかしそれは徒事であった。 F君は芸者の詞を真実だと思って、そのまま私に話したのであった。私は驚いた。そして云った。「日本の女は横著なようで、おとなしい。それが西洋人であったら、きっと肉迫して来たのだ。すると君だって、Wilhelm が・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫