・・・自分は点頭して得心の意を示した。母は自分の顔を見て危む風で「おまえ泊れるかい夜半時分に泣出しちゃ困るよ」と笑ってる。お松は自分が何と云うかと思うらしく自分の顔色を見てる。「泊れるでしょう」 お松はこう云って熱心に自分に摺寄った。お松・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・ 茶の湯も何も要らぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕の水を柄杓もてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。 というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・それだから、お前さんが得心した上で、平田を故郷へ出発せたいと、こうして平田を引ッ張ッて来るくらいだ。不実に考えりゃア、無断で不意と出発て行くかも知れない。私はともかく、平田はそんな不実な男じゃない、実に止むを得ないのだ。もう承知しておくれだ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫