・・・「御祖師様の御利益ででしょう?」妻は母をひやかした。しかし法華経信者の母は妻の言葉も聞えないように、悪い熱をさますつもりか、一生懸命に口を尖らせ、ふうふう多加志の頭を吹いた。……… × × ・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・「その御利益を、小県さん、頂いてだけいればよかったんですけれど――早くから、関屋からこの辺かけて、鳥の学者、博士が居ます。」「…………」「鳥の巣に近づくため、撃つために、いろいろな……あんな形もする、こうもする。……頭に樹の枝を・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・からして、お客様には、事実、御利益になっておりますのでして。」「いや、損をしても構いません。妙齢の娘か、年増の別嬪だと、かえってこっちから願いたいよ。」「……運転手さん、こちらはね、片原へ恋人に逢いにいらっしゃったんだそうですから。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ああ助りました。御利益と、岩殿の方へ籠を開いて、中へ入れると、あわれや、横木へつかまり得ない。おっこちるのが可恐いのか、隅の、隅の、狭い処で小くなった。あくる日一日は、些と、ご悩気と言った形で、摺餌に嘴のあとを、ほんの筋ほどつけたばかり。但・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「お静におまいりをなさいまし……御利益がございますわ。」 と、嫁菜の花を口許に、瞼をほんのり莞爾した。 ――この婦人の写真なのである。 写真は、蓮行寺の摩耶夫人の御堂の壇の片隅に、千枚の歌留多を乱して積んだような写真の中・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・……人形使 これというも、酒の一杯や二杯ぐれえ、時たま肥料にお施しなされるで、弘法様の御利益だ。万屋 詰らない世辞を言いなさんな。――全くこの辺、人通りのないのはひどい。……先刻、山越に立野から出るお稚児を二人、大勢で守立てて通った・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「そりゃ神様だもの、拝めば何でも御利益があるさ」「なんでも手足がなおれば、足袋なり手袋なりこしらえて上げるんだそうよ、ねい省さん」「さっきの爺さんはたいへん御利益があるっていったねい」 三人は罪のない話をしながらいつか蛇王権・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・――母は、多ければ多いほど、御利益があると思ったのだろう! それ等が、殆んど紙の正体が失われるくらいにすり切れていた。――まだある。別に、紙に包んだ奴が。彼はそれを開けてみた。そこには紙幣が入っていた。五円札と、五十銭札と、一円札とが合せて・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・たいへん御利益のある地蔵様だそうで、信濃、身延のほうからも参詣人が昼も夜もひっきりなしにぞろぞろやって来るのだ。見せ物は、その参詣人にドンジャンドンジャン大騒ぎの呼びかけを開始したのである。私は地団駄踏んだ。厄除地蔵のお祭りが二月の末に湯村・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・浅草の観音菩薩は河水の臭気をいとわぬ参詣者にのみ御利益を与えるのかも知れない。わたくしは言問橋や吾妻橋を渡るたびたび眉を顰め鼻を掩いながらも、むかしの追想を喜ぶあまり欄干に身を倚せて濁った水の流を眺めなければならない。水の流ほど見ているもの・・・ 永井荷風 「水のながれ」
出典:青空文庫