・・・ 渇くとは如何なものか、御存じですかい? ルーマニヤを通る時は、百何十度という恐ろしい熱天に毎日十里宛行軍したッけが、其時でさえ斯うはなかった。ああ誰ぞ来て呉れれば好いがな。 しめた! この男のこの大きな吸筒、これには屹度水がある! け・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・――あなたにお貸しした化物の本のなかに、こんな絵があったのを御存じですか。それは女のお化けです。顔はあたり前ですが、後頭部に――その部分がお化けなのです。貪婪な口を持っています。そして解した髪の毛の先が触手の恰好に化けて、置いてある鉢から菓・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・と若主人は直ぐ盤を見つめて、石を下しつつ、「今の妹の姉にお正というのがいたのを御存じでしょう。」「そうでした、覚えています。可愛らしい佳い娘さんでした。」と紳士も打ちながら答える。「そのお正がこの春国府津へ嫁いたのです。」「・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・し鐘にござる数々の怨みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝へ敲きつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽えるを、知らぬ知らぬ知りませぬ憂い嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様聖天様不動様妙見様日珠様も御存じの今となってやみやみ男を取られては・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、殿「直にこれへ……金田氏貴公も予て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまるで馬鹿だね、始終心の中で何か考えて居って、何を問い掛・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 圭吾ってのは、どんな男だか、あなたなどは東京にばかりいらっしゃったのだから、何も御存じないでしょうし、また、いまはこんな時代になって、何を公表しても差支えないわけでしょうから、それはどこの誰だと、はっきり明かしてしまってもいいとはいう・・・ 太宰治 「嘘」
・・・「あなたは、なんにも御存じ無いのです。あたしは、このごろ、とても苦しいのですよ。あたし、やっぱり、魔法使いの悪い血を受けた野蛮な女です。生れる子供が、憎くてなりません。殺してやりたいくらいです。」と声を震わせて言って、下唇を噛みました。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・あなたもカジモドの話を御存じですね」といって、青い顔をして笑いました。 もとの入り口の所へ帰ると、さきに塔へ上った男がまた私と同様に内からドンドンたたいている。御免なさいといってあけてやってまた鐘を見せに連れて行きました。 また次に・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・置きお民の姿を玄関先から隠したいばかりに、僕はお民を一室に通すや否や、すぐにその来意を問うとお民は長い袂をすくい上げるように膝の上に載せ、袋の底から物をたぐり出すように巻煙草入を取出し、「わたし、御存じでしょうけれど、もう銀座はやめにし・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・けれども汽車に見逃してはならない運動というものがこの写真のうちには出ていないのだから実際の汽車とはとうてい比較のできないくらい懸絶していると云わなければなりますまい。御存じの琥珀と云うものがありましょう。琥珀の中に時々蠅が入ったのがある。透・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫