・・・しばらく○○さんの所におりましたが御存じはなかったかも知れません」 ○○さんと云うと例の変な音をさせた方の東隣である。自分は看護婦を見て、これがあの時夜半に呼ばれると、「はい」という優しい返事をして起き上った女かと思うと、少し驚かずには・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・ 我輩も時には禅坊主みたような変哲学者のような悟りすました事も云って見るが、やはり大体のところが御存じのごとき俗物だからこんな窮屈な暮しをして回やその楽をあらためず賢なるかなと褒められる権利は毛頭ないのだよ。そんならなぜもっと愉快な所へ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・「貴方は本当のエゴイストよ。御存じ? 私又れんに迄云い訳しなけりゃあならないなんて……。もう沢山よ。あんなこと」 彼は、ちらりとさほ子を見上げ、やれやれと云う風に頭を振った。そして、脚を毛布でくるみなおした。 さほ子は、時々足を・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・「私、今日出して下さるように願っておきましたよ。」「御存じでしょうが……」「どうして? こしらえなかったんですか? 私は貴方におたのみしておきました。」「然し、御免下さい。托児所のためには全く場所がないんです。機械はどこへお・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 私は大変風がきらいなことを御存じだったかしら。このことと、むき出しの火を見ることが好きでない点は父方の祖母のおき土産です。おばあさんは、貴方御存じないけれども南風の吹く日はやたらに忙しがって用もないのにお離れでコトコト動いて、私が「お・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・中々しゃれたことを御存じね。お説のとおりですから国男さんが照という字を嫌っているし、また考えなおしてみましょう。 広島へはすぐ葉書出しました。お母さんはもう行っていらっしゃることでしょう。私にもあのあたりの町の景色がみえるようです。歴史・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 先生は、ハドソン川から紐育へ入る途中の――島に炬火を捧げて虚空に立って居る自由の女神像を御存じでございます。 又、コロンビアの大図書館の石階を登りつめた中央に、端然と坐して、数千の学徒を観下す、Alma Mater をも御存じでご・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ですから、皆様の方が新しい今日のソヴェトについては十分御存じのことでしょう。何を見ました、かにを見ました、というお話は申し上げません。私が深く動かされたこと、そして自分の一生に強く影響をうけたことは、どういうことであったか、ということを簡単・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・――「ああ、それが好い、あなた××の古い出の方で×夫人という方――御存じじゃないでしょうね、この方に一つ紹介を書いて見ましょう、範囲のひろい仕事をしていらっしゃるから、若しかすると何かあるかもしれない」 千鶴子は、矢張り消えそうな声・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・まだ飾磨屋さんを御存じないのでしたね。一寸御紹介をしましょう」 こう云って蔀君は先きに立って、「御免なさい、御免なさい」を繰り返しながら、平手で人を分けるようにして、入口と反対の側の、格子窓のある方へ行く。僕は黙って跡に附いて行った。・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫