・・・の字病院へ送り、(向うからとりに来てもらってもよろしく御座このけい約書とひきかえに二百円おもらい下され度、その金で「あ」の字の旦那〔これはわたしの宿の主人です。〕のお金を使いこんだだけはまどう〔償う?〕ように頼み入り候。「あ」の字の旦那には・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・が、泰さんもただ言伝てを聞いただけで、どうした訣とも問い質さずに、お島婆さんの家を駈け出したのですから、いくら相手を慰めたくも、好い加減な御座なりを並べるほかは、慰めようがありません。すると新蔵はなおさらの事、別人のように黙りこんで、さっさ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・私店けし入軽焼の義は世上一流被為有御座候通疱瘡はしか諸病症いみもの決して無御座候に付享和三亥年はしか流行の節は御用込合順番札にて差上候儀は全く無類和かに製し上候故御先々様にてかるかるやきまたは水の泡の如く口中にて消候ゆゑあはかるやき・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・木戸が出来たと聞いて洋服のまま下駄を突掛け勝手元の庭へ廻わり、暫時は木戸を見てただ微笑していたが、お徳が傍から「旦那様大変な木戸で、御座いましょう」と言ったので「これは植木屋さんが作らえたのか」「そうで御座います」「随分妙な・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・と主人の少女はみしみしと音のする、急な階段を先に立て陞って、「何卒ぞ此処へでも御座わんなさいな。」 と其処らの物を片付けにかかる。「すこし頼まれた仕事を急いでいますからね、……源ちゃん、お床を少し寄せますよ。」「いいのよ、其・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・「原さんで御座ましたか。すっかり私は御見それ申して了いましたよ」 と国訛りのある語調で言って、そこへ挨拶に出たのは相川の母親である。「どうも私の為に会社を御休み下すっては御気の毒ですなあ」 と原は相川の妻の方へ向いて言った。・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・来月号を飾らせていただきたく、お礼如此御座候。諷刺文芸編輯部、五郎、合掌。」 月日。「お手紙さしあげます。べつに申しあげることもないのでペンもしぶりますが読んでいただければ、うれしいと思います。自分勝手なことで大へんはずかしく思・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ とかすれたる声もて呻き念じ、辛じて堪え忍ぶ有様に御座候。然れども、之を以て直ちに老生の武術に於ける才能の貧困を云々するは早計にて、嘗つて誰か、ただ一日の修行にて武術の蘊奥を極め得たる。思う念力、岩をもとおすためしも有之、あたかも、太原の一・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・つりと売払い、いまは全く茶道と絶縁の浅ましき境涯と相成申候ところ、近来すこしく深き所感も有之候まま、まことに数十年振りにて、ひそかに茶道の独習を試み、いささかこの道の妙訣を感得仕り申候ものの如き実情に御座候。 それ覆載の間、朝野の別を問・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・「然る処続冬彦集六八頁第二行に、『速度の速い云々』と有之り之は素人なら知らぬ事物理学者として云ふべからざる過誤と存じ候、次の版に於ては必ず御訂正あり度し 失礼を顧みず申上ぐる次第に御座候 敬具」 なるほど、物理学では速度の大・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
出典:青空文庫