・・・々が思案には、(其方の言分承知したれど、親の許のなくてはならず、母上だに引承たまわば何時にても妻とならん、去ってまず母上に請来と、かように貴娘が仰せられし、と私より申さむか、何がさて母君は疾に世に亡き御方なれば、出来ぬ相談と申すもの、とても・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・実に西国巡礼の最初の御方である。また最近の支那事変で某陸軍大尉の夫人が戦死した夫の跡を追い海に入って生命を捨てた事実は記憶に新しい。その戦死した夫の遺書には、「再婚せんと欲すれば再婚も可なり。此の世に希望なくば潔く自決すべし」・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・殿「何だえ……御覧なさい、あの通りで……これ誰か七兵衞に浪々酌をしてやれ、膳を早く……まア/\これへ……えゝ此の御方は下谷の金田様だ、存じているか、これから御贔屓になってお屋敷へ出んければ成らん」金田「予て噂には聞いていたが未だしみ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・学問は御有んなさるし、立派な御方なんだそうで御座います。御年は四十位だとか申しました。まだ御独身で。よく華族様方の御嬢様なぞにも、そういう風で、年をとって御了いなさる方が御有んなさいますそうですよ……それからあの人が、丁度あの位の奥様が御為・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・天皇陛下は剛健質実、実に日本男児の標本たる御方である。「とこしへに民安かれと祈るなる吾代を守れ伊勢の大神」。その誠は天に逼るというべきもの。「取る棹の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟さはりありとも」。国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・王朝時代の記録は、文学の優れた作家の生涯についてさえ、その人々が高貴な御方でなければ詳述していない。紫式部の伝記を満足するように書けない原因は、この当時の記録のないことである。林房雄氏等は日本のロマンチストとして「抽象的な情熱」に従って王朝・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・「貴方って云う方は妙な御方だ事、私の云う事で私はこんな事はと思ってムカムカして云う口調を貴方はよろこんで居らっしゃる、だから、まるで私の嬉しがる事とあべこべの事をよろこんで居らっしゃるんですネ」「世の中の苦労を、かみしめたものは、御・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ 棚のだるま棚下しひげのおじさん貴方はマア何と云うどえらい御方だろう朝でも晩でも欲の皮つっぱりきったねがいごとそれかなわぬとあたりつけわしに湯水も下さらぬ…… 片っぽ目玉のそめられた ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・この間中の女君の中で一番かけのない御方でございましょう、そんなことを申しては何でございますが若奥様よりもよっぽど何でございますよ」 女はまじめな熱心な様子ではなしをつづけて、「ネ、若様、あの方なら貴方様の御方様に遊ばしても御立派でご・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 壁に張った絵紙を大方はその色さえ見分けのつかないほどにくすぶって仕舞って居て、片方ほか閉めてない戸棚から夜着の、汚いのがはみ出て居るわきの壁には見覚えのある高貴の御方の絵像が、黄ろく、ぼろぼろに張りついて居るのである。 家中見廻し・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫