・・・さようなら、御機嫌よう。首なしさん。だよ。ハッハッハハ」 私は、歯を食いしばった。そして上瞼を上の方へまくし上げた。行李は私のようにフラフラしながら流れて行った。 セコンドメイトは、私が、どんなに非常識な事をいっても「憤ってはならな・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・「平田さん、御機嫌よろしゅう」と、小万とお梅とは口を揃えて声をかけた。 西宮はまた今夜にも来て様子を知らせるからと、吉里へ言葉を残して耳門を出た。「おい、気をつけてもらおうよ。御祝儀を戴いてるんだぜ。さようなら、御機嫌よろしゅう・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ではどうか御機嫌よく。[自注7]徳さんもこの暑いのに可哀そうに――坂井徳三がプロレタリア文化運動のため検挙されて未決にいた。[自注8]健坊――佐多稲子の長男健造。[自注9]山崎さんの伯父上――顕治の母の兄。 ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・体中の毛穴から、一時に心に迫る新鮮さに浄められたようになって、私はすっかり御機嫌をなおしたのでございます。 C先生、 斯うやって物を書いて居る私の窓から瞳を遠く延すと、光る湖面を超えて、対岸の連山と、色絵具で緑に一寸触れたような別荘・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ グーズベリーの様な小さくテロテロと赤い実を見つけ出して、「お姫様御機嫌よう。とお愛素を云います。 私は一瞬時もじいっとして居ない子供の心を非常に珍らしがって見て居ました。 いつもはこんなに絶え間なくお伽の中に入・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・ 今日は大変御機嫌が悪いんだってねえ、 どうしたの。 笑いながら京子は千世子の顔を見るとすぐ云った。 御機嫌が悪い? 歌を唱わなけりゃあ御機嫌が悪いんだと一人ぎめして居るんだものいやになっちゃう。 それに・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 名乗られると、急にどよめき立った者達は、ふだんは使わない取って置きのいい言葉で御機嫌をとろうとするので、大の男までときどき途方もないとんちんかんを並べながら、ワクワクして助けてくれた人は何という者だと訊かれると、「ありゃおめえさ禰・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・そして、丈の高い体は美くしく見えた。御機嫌よう御機嫌ようと云う声に送られて、汽車が構内を出てしまうと、急に彼女の目には、或るたるみがあらわれた。次で、アアよかった。何もかもすんだ。これから、都会で始められようとする生活に対する憧憬の心やらが・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・あの御機嫌の悪いのは、旨い物でも食わせると直るのだ」 九郎右衛門のこう云ったのも無理はない。三人は日ごとに顔を見合っていて気が附かぬが、困窮と病痾と羇旅との三つの苦艱を嘗め尽して、どれもどれも江戸を立った日の俤はなくなっているのである。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・少佐殿におなりになって、こちらへお出だということを聞きましたので、御機嫌伺に参りました。これは沢山飼っております内の一羽でござりますが、丁度好い頃のでござりますから、持って上りました。」「ふむ。立派な鳥だなあ。それは徴発ではあるまいな。・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫