・・・と冷淡な態度で言放ったが、耕吉が執固く言だすと、警部など出てきて、「とにかく御苦労です」といった調子で、小僧を引取った。で、「喰詰者のお前なぞによけいな……」こう後ろから呶鳴りつけられそうな気もされてきて、そこそこに待合室へ引返して「光の中・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・「どうも御苦労様でした」「ハイ確かに百円。渡しましたよ。験ためて下さい」と紙包を自分の前に。「今日は日曜で銀行がだめですから貴所の宅に預かって下さいませんか。私の家は用心が悪う御座いますから」と自分が言うを老人は笑って打消し、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・いまさらわしが隠居仕事で候のと言って、腰弁当で会社にせよ役所にせよ病院の会計にせよ、五円十円とかせいでみてどうする、わしは長年のお務めを終えて、やれやれ御苦労であったと恩給をいただく身分になったのだ。治まる聖代のありがたさに、これぞというし・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・「それは御苦労さま。ゆうべもお前は遅くまで起きて俺の側に附いていてくれたのい。お気の毒だったぞや」 こうおげんの方から言うと、熊吉は、額のところに手をあてて、いくらか安心したような微笑を見せた。「俺にそんなところへ入れという話な・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「桜井先生や、広岡先生には、せめて御住宅ぐらいを造って上げたいのが、私共の希望なんですけれど……町のために御苦労願って……」 とその人は畠に居て言った。 別れを告げて、高瀬が戻りかける頃には、壮んな蛙の声が起った。大きな深い千曲・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・それで、今夜あなたは御苦労だが、あれの家へ行って、嫁によくよく説き聞かせ、決して悪いようにはせぬから、もし圭吾が家に帰って来たなら、こっそりあなたに知らせてくれるように、しっかりと言いつけてやって下さい。ここ二、三日中に、圭吾が見つかったな・・・ 太宰治 「嘘」
・・・「それは御苦労さまでした。生れてはじめての恋人だの、唯一の宝だの、それは一体なんのことです。所詮は、あなた芸術家としてのひとり合点、ひとりでほくほく享楽しているだけのことではないの。気障だねえ。お止しなさい。私はあなたを愛していない。あなた・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・と私が笑いながら言ったら、「やあ、このたびは御苦労。」と北京の新郎は大きく出た。「どてらに着換えたら?」「うむ、拝借しよう。」新郎はネクタイをほどきながら、「ついでに君、新しいパンツが無いか。」いつのまにやら豪放な風格をさえ習得・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私の実感を以て言うならば、およそ二十の長篇小説を書き上げるくらいの御苦労をおかけしたのである。そうして私は相変らずの、のほほん顔で、ただ世話に成りっ放し、身のまわりの些細の事さえ、自分で仕様とはしないのだ。 三十歳のお正月に、私は現在の・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・「や、修治。」と私の幼名を呼ぶ者がある。「や、慶四郎。」と私も答えた。 加藤慶四郎君は白衣である。胸に傷痍軍人の徽章をつけている。もうそれだけで私には万事が察せられた。「御苦労様だったな。」私のこんな時の挨拶は甚だまずい。し・・・ 太宰治 「雀」
出典:青空文庫