・・・厖大なものの気配が見るうちに裏返って微塵ほどになる。確かどこかで触ったことのあるような、口へ含んだことのあるような運動である。廻転機のように絶えず廻っているようで、寝ている自分の足の先あたりを想像すれば、途方もなく遠方にあるような気持にすぐ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・此の娑婆世界にして雉となりし時は鷹につかまれ、鼠となりし時は猫にくらわれ、或いは妻子に、敵に身を捨て、所領に命を失いし事大地微塵よりも多し。法華経の為には一度も失う事なし。されば日蓮貧道の身と生まれて、父母の孝養心に足らず、国恩を報ずべき力・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・だから反言や、風刺や、暴露の微塵もないこの作が甘く見えるのはもっともである。 人間が読んで、殊に若い人たちが読んでいつまでも悪いことはない、きっとその心を素純にし、うるおわせ、まっすぐにものを追い求める感情を感染させるであろうと今でも私・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・には、なおそれ以上、微塵もその反映は見られない。「肉弾」は熱烈な愛国主義に貫かれている。 愛国主義は、それ自身決して不自然な感情でもないし、浅薄なものでもない。それは、「幾世紀も幾千年にも亘る祖国の存在によって固められた最も深い感情の一・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は、自分の作品を窯から取出す、火のための出来損じがもとより出来る、それは一々取っては抛げ、取っては抛げ、大地へたたきつけて微塵にしたと聞いています。いい心持の話じゃありませんか。」「ムム、それで六兵衛一家の基・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・と他の意に逆らわぬような優しい語気ではあるが、微塵も偽り気は無い調子で、しみじみと心の中を語った。 そこで互に親み合ってはいても互に意の方向の異っている二人の間に、たちまち一条の問答が始まった。「どこへでも出て辛棒をするって、そ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・要するに、微塵「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。「ひどいだろう? 呆れたろう。」「いいえ、あなたの朱筆のほうがひどいですよ。僕の文章は、思っていた程でも無かった。狡智の極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたの・・・ 太宰治 「誰」
・・・人間としての偉さなんて、私には微塵も無い。偉い人間は、咄嗟にきっぱりと意志表示が出来て、決して負けず、しくじらぬものらしい。私はいつでも口ごもり、ひどく誤解されて、たいてい負けて、そうして深夜ひとり寝床の中で、ああ、あの時にはこう言いかえし・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・勝つか負けるかのおののきなどは、微塵もない。そうして、そののっぺら棒がご自慢らしいのだからおそれ入る。 どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に・・・ 太宰治 「走れメロス」
出典:青空文庫