・・・果然お君さんはほとんど徹夜をして、浪子夫人に与うべき慰問の手紙を作ったのであった。―― おれはこの挿話を書きながら、お君さんのサンティマンタリスムに微笑を禁じ得ないのは事実である。が、おれの微笑の中には、寸毫も悪意は含まれていない。お君・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ いずれも、花骨牌で徹夜の今、明神坂の常盤湯へ行ったのである。 行違いに、ぼんやりと、宗吉が妾宅へ入ると、食う物どころか、いきなり跡始末の掃除をさせられた。「済まないことね、学生さんに働かしちゃあ。」 とお千さんは、伊達巻一・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・じつは毎夜徹夜しているからである。 私の徹夜癖は十九歳にはじまり、その後十年間この癖がなおらず、ことに近年は仕事に追われる時など、殆んど一日も欠さず徹夜することがしばしばである。それ故、およそ一年中の夜明けという夜明けを知っていると言っ・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・「日によって違うが、徹夜で仕事すると、七八十本は確実だね。人にもくれてやるから、百本になる日もある」「一本二円として、一日二百円か。月にして六千円……」 私は唸った。「それだけ全部闇屋に払うのか」「いや、配給もあるし、な・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・銀座裏の宿舎でこの原稿を書きはじめる数時間前は、銀座のルパンという酒場で太宰治、坂口安吾の二人と酒を飲んでいた――というより、太宰治はビールを飲み、坂口安吾はウイスキーを飲み、私は今夜この原稿のために徹夜のカンヅメになるので、珈琲を飲んでい・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・昨夜から徹夜をしているらしいことは、皮膚の色で判った。 橙色の罫のはいった半ぺらの原稿用紙には「時代の小説家」という題と名前が書かれているだけで、あとは空白だった。私はその題を見ただけで、反動的ファッショ政治の嵐の中に毅然として立ってい・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・月に三度の公休日にも映画ひとつ見ようとせず、お茶ひとつ飲みにも行かず、切り詰め切り詰めた一人暮しの中で、せっせと内職のミシンを踏み、急ぎの仕立の時には徹夜した。徹夜の朝には、誰よりも早く出勤した。 そして、自分はみすぼらしい服装に甘んじ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・覚悟をきめてからは、毎晩徹夜でこの小説に掛りきりで、ヒロポンを注射する度数が今までの倍にふえた。何をそんなに苦労するかというと、僕は今まで簡潔に書く工夫ばかししていたので一回三枚という分量には困らぬはずだったのに、どうしても一回四枚ほしい。・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ 其夜、看護婦は徹夜をしました。私は一時間程横になりましたが、酸素が切れたので買いに走りました。そのうちに夜が明けたので、看護婦を休ませて交替しました。病人は余程その看護婦が気に入らなかったと見えて、すぐ帰して仕舞えと言います。私が暫く・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・』『どうせ徹夜でさあ。』 秋山は一向平気である。杯を見つめて、『しかし君が眠けりゃあ寝てもいい。』『眠くはちっともない、君が疲れているだろうと思ってさ。僕は今日晩く川崎を立って三里半ばかしの道を歩いただけだから何ともないけれ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
出典:青空文庫