・・・、手紙で様子を聞いているだけで、まだ其の家を見た事も無かったので、行ってみて具合が悪いようだったらすぐ帰ろう、具合がいいようだったら一夏置いて貰って、小説を一篇書こう、そう思って居たのでありましたが、心ならずも三人の友人を招待してしまったの・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・たかも一つの決心がついたかのごとく呟くが、しかし、何一つとしてうまい考えは無く、谷間の老人は馬に乗って威厳のある演説をしようとするが、馬は老人の意志を無視してどこまでも一直線に歩き、彼は演説をしながら心ならずも旅人の如く往還に出て、さらに北・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・能わず、しかのみならず、わが一挙手一投足はなはだ粗野にして見苦しく、われも実父も共に呆れ、孫左衛門殿逝去の後は、われその道を好むと雖も指南を乞うべき方便を知らず、なおまた身辺に世俗の雑用ようやく繁く、心ならずも次第にこの道より遠ざかり、父祖・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ 日々を、心ならずもいやな事、心を悩ます事の多い中で暮して居るのであるから、どこの廃市にも、満ち満ちて居る自然美になつかしむ心さえあれば、何もことさらの金と時間を費さずとも、霊の洗われ、清められる慰めを得るのであるのに……。 私は殊・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・その方法、この悲劇の社会的な原因を排除するのではなしに、かえってそれを掩護し、不合理の率直な告訴人となれないで、心ならずもそのかかしとしてつかわれながら。 これも一つの日本の悲劇であったと思う。あの事件に関して暴力をきびしく非難したのが・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・それで、主人公が心ならずも置かれている場所ということを現わしているつもりです。 作者は、わが名を呼ばざりし国に自分はよこされている、つまり自分はこういうゴタゴタや残酷の中に関係していることは自分の希望ではないのだということを言外にほのめ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・同じプロレタリアートでありながら、心ならずも仲間の賃銀たたきさげに利用されるブルジョア国の悲しき産業予備軍ではなかったんだ。 ところで、一九二八年――二九年から、ソヴェト同盟では、えらい勢で生産拡張五ヵ年計画が実施されはじめた。 都・・・ 宮本百合子 「なぜソヴェト同盟に失業がないか?」
・・・それだのに何故、その判断と反する政党に隷属して、一応にしろ言論の自由のある今日、心ならずも、と汗を拭きつつその党のゴジ論をやるのだろうか。答えは明瞭である。目先の分別では、今日彼の属するゴジ政党は、その社会主義との盛り合わせで、多数党の一つ・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・あるとき、心ならずものわかりよさに敗けたとして、私たちはやはり明瞭に自分をごまかさずその敗北を認め、その中での努力をおしまず、善戦をつづけている人々への喝采と励しとその功績を評価するにやぶさかでない精神をもたなければならない。 今日、も・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
出典:青空文庫