・・・道を歩くのにもできるだけ疲れないように心掛ける。棘一つ立てないようにしよう。指一本詰めないようにしよう。ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。――迷信に近いほどそんなことが思われた。そして旱の多かった夏にも雨が一度来、二度来、それがあが・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万事は御察し願うと共に貴下をして、小生を目してきらいではない程のことでは済まされぬ、本当に好きだといって貰うように心掛けることにいたします。吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・平気に、平気に、と心掛ければ心掛けるほど、おのれの動作がへまになった。完璧の印象、傑作の眩惑。これが痛かった。声たてて笑おうか。ああ。顔を伏せたままの、そのときの十分間で、彼は十年も年老いた。 この心なき忠告は、いったいどんな男がして呉・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・十七、老後の財宝所領に心掛けるどころか、目前の日々の暮しに肝胆を砕いている有様で苦笑の他は無いが、けれども、老後あるいは私の死後、家族の困らぬ程度の財産は、あったほうがよいとひそかに思っている。けれども、財産を遺すなどは私にとって奇蹟に・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・隷属する事なく、男性と女性の融和を図り、以て文化日本の建設を立派に成功せしむる大人物の筈である事、だからあなたも、元気を出して、日本に帰ったら、二人の兄弟と力を合せて、女神の子たる真価を発揮するように心掛けるべきです、とここにはじめて、いっ・・・ 太宰治 「女神」
・・・男も女も、力を合せて、新しい発明を心掛けるべき時だと思っています。じっさい、うちの細君などは、まあ僕の口から言うのはおかしいですけれど、その点は、感心なものです。何かと新しい創意工夫をするのです。おかげで僕なんかは、こんな時代でも衣食住に於・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・という事を心掛けるより他に仕様がないようである。浜口雄幸氏は、非常に顔の大きい人であった。やはり美男子ではなかった。けれども、盛観であった。荘厳でさえあった。容貌に就いては、ひそかに修養した事もあったであろうと思われる。私も、こうなれば、浜・・・ 太宰治 「容貌」
・・・この点がどこか吾々科学者の心掛けるものの見方に類するところがあるように思われるのである。 以上述べたような項目の外に著しく多数に散在しているのは有職故実その他あらゆる知識に関するノートと云ったものである。これらも分類的に研究したら面白そ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ それ故、政子さんが、お亡くなりに成った両親を思うものなら思うほど、自分の中に遺して行って下さったよい心美くしい心を育てて、真個に立派な人になるように心掛けるのが、第一の務だったのです。 けれども、政子さんは、そうは思いませんでした・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
出典:青空文庫