・・・が、妙子は相変らず目蓋一つ動かさず、嘲笑うように答えるのです。「お前も死に時が近づいたな。おれの声がお前には人間の声に聞えるのか。おれの声は低くとも、天上に燃える炎の声だ。それがお前にはわからないのか。わからなければ、勝手にするが好い。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・昨日も妙な着物を着ているから、それは何だねと訊いて見ると、占城という物だと答えるじゃないか? 僕の友だち多しといえども、占城なぞという着物を着ているものは、若槻を除いては一人もあるまい。――まずあの男の暮しぶりといえば、万事こういった調子な・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・だから僕は答える代りに本当に泣き出してしまいました。 先生は暫く僕を見つめていましたが、やがて生徒達に向って静かに「もういってもようございます。」といって、みんなをかえしてしまわれました。生徒達は少し物足らなそうにどやどやと下に降りてい・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・気持ちで議論をするのはけしからんといわれれば、僕も理窟だけで議論するのはけしからんと答えるほかはない。 堺氏は「およそ社会の中堅をもってみずから任じ、社会救済の原動力、社会矯正の規矩標準をもってみずから任じていた中流知識階級の人道主義者・・・ 有島武郎 「片信」
・・・否、彼らはいちように起って答えるに違いない、まったくべつべつな答を。 さらにこの混雑は彼らの間のみに止まらないのである。今日の文壇には彼らのほかにべつに、自然主義者という名を肯じない人たちがある。しかしそれらの人たちと彼らとの間にはそも・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ちっと、へい、応えるぞ。ううむ、そうだ。まだだまだだ。夫人 これでもかい。これでもかい、畜生。人形使 そ、そんな、尻べたや、土性骨ばかりでは埒明かねえ、頭も耳も構わずと打叩くんだ。夫人 畜生、畜生、畜生。(自分を制せず、魔に魅入・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・省作は例のごとくただにこりの笑いで答える。やがて八人用意整えて目的地に出かける。おとよさんとおはまの風はたしかに人目にとまるのである。まアきれいな稲刈りだこととほめるものもあれば、いやにつくってるなアとあざけるものもある。おはまのやつが省作・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と、僕が答えるとたん、から紙が開いて、細君が熱そうなお燗を持って出て来たが、大津生れの愛嬌者だけに、「えろうお気の毒さまどすこと」と、自分は亭主に角のない皮肉をあびせかけ、銚子を僕に向けて、「まア、一杯どうどす?――うちの人は、いつ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・此質問一ヵ条を持出して、『目録は出来ていません』と答えると直ぐ『さよなら』と帰って了った。 見舞人は続々来た。受附の店員は代る/″\に頭を下げていた。丁度印刷が出来て来た答礼の葉書の上書きを五人の店員が精々と書いていた。其間に広告屋が来・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・そして、休み時間になったときに、彼は、いつも、はっきりと先生に、問われたことを答える、小田に向かって、「やまがらに、僕は、お湯をやったんだよ。」と、吉雄はいいました。「お湯をやったのかい。」と、小田は、目を円くして問いました。「・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
出典:青空文庫