・・・それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね」「じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」「そうか。じゃ間違いのないように、――」 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・とも何とも思わなかった。正直に又「つまらんね」とも云った。すると何ごとにもムキになる赤木は「君には俳句はわからん」と忽ち僕を撲滅した。 丁度やはりその前後にちょっと「ホトトギス」を覗いて見たら、虚子先生も滔滔と蛇笏に敬意を表していた。句・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・風に向った二人の半身は忽ち白く染まって、細かい針で絶間なく刺すような刺戟は二人の顔を真赤にして感覚を失わしめた。二人は睫毛に氷りつく雪を打振い打振い雪の中をこいだ。 国道に出ると雪道がついていた。踏み堅められない深みに落ちないように仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼は始めの中こそ一寸熱心に聴いて居たが、忽ちうるさ相な顔で、私の口の開いたり閉じたりするのを眺めて、仕舞には我慢がしきれな相に、私の言葉を奪ってこう云った。 探偵でせえ無けりゃそれで好いんだ、馬鹿正直。而して暫くしてから、 だが・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ そしてこう思った。「実際これも手術だ。社会の体から、病的な部分を截り棄ててしまうのだ。」 忽ち戸が開いた。人の足音が聞える。一同起立した。なぜ起立したのだか、フレンチには分からない。一体立たなくてはならなかったのか知らん。それとも・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ もう一度、試みに踏み直して、橋の袂へ乗り返すと、跫音とともに、忽ち鳴き出す。 あまり爪尖に響いたので、はっと思って浮足で飛び退った。その時は、雛の鶯を蹂み躙ったようにも思った、傷々しいばかり可憐な声かな。 確かに今・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・澄むの難く濁るの易き、水の如き人間の思潮は、忽ちの内に、濁流の支配する処となった、所謂現時の上流社会なるものが、精神的趣味の修養を欠ける結果、品位ある娯楽を解するの頭脳がないのである、彼等が蕩々相率ひて、浅薄下劣な娯楽に耽るに至れるは勢の自・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・疱瘡痲疹の患者は大抵児供だから、この袋が忽ち大評判となって一層繁昌した。(椿岳の代となって自から下画を描いた事があるそうだ。軽焼屋の袋は一時好事家間に珍がられて俄に市価を生じたが、就中 喜兵衛の商才は淡島屋の名を広めるに少しも油断がなか・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 不思議なことに、赤い蝋燭が、山のお宮に点った晩は、どんなに天気がよくても忽ち大あらしになりました。それから、赤い蝋燭は、不吉ということになりました。蝋燭屋の年より夫婦は、神様の罰が当ったのだといって、それぎり蝋燭屋をやめてしまいました・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・それが、見ている間に、するするするすると落ちて来て、忽ち爺さんの目の前に山のようになってしまいました。 すると爺さんが青くなって叫びました。「さあ、大変だ。孫はどうしたのでございましょう。孫はどうして降りて来るのでございましょう」・・・ 小山内薫 「梨の実」
出典:青空文庫