・・・柳吉が蝶子と世帯を持ったと聴いて、父親は怒るというよりも柳吉を嘲笑し、また、蝶子のことについてかなりひどい事を言ったということだった。――蝶子は「私のこと悪う言やはんのは無理おまへん」としんみりした。が、肚の中では、私の力で柳吉を一人前にし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・すると、いやそれでは困る、それであなたの方でそう怒るなら私の方でも申しあげますが、いったい今度の会をやるということと、倉富さんが評論を書くということは、最初から笹川さんの出版条件になっております……と言うんじゃないか、それでもまだ君は……」・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・怒ったな。怒るのを一々断わるものもないものだ。お前は真実に怒ったから、おれは嘘に、嘘に、嘘に笑おうか。 何とでも御勝手になさいまし。私アもう……、私アもう……、私ア家へ帰りますよ。帰って母様にそう言って、この讐を取ってもらいます。綱雄さ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・叔母恨むというとも貴嬢怒るに及ばじ、恨む心は女の心にして、恨む女は愛ずる女なり、ただこの叔母を哀れとおぼさずや。 叔母のいいけるは昨夜夜ふけて二郎一束の手紙に油を注ぎ火を放ちて庭に投げいだしけるに、火は雨中に燃えていよいよ赤く、しばしは・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「お前さん怒るなら何程でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」とお源は急促込んで言った。「貧乏が好きな者はないよ」「そんなら何故お前さん月の中十日は必然休むの? お前さんはお酒は呑ないし外に道楽はなし満足に仕・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 従兄は、例の団栗眼を光らして怒るかと思いの外、少し唇を尖らして、くっくっと吹き出しそうになった。が、すぐそれを呑み込んで、「ううむ?」と曖昧に塩入れ場の前に六尺の天秤棒や、丸太棒やを六七本立てかけてある方に顎をちょいと突き出して搾・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・実に怒る者は知る可し、笑う者は測るべからず、である。求むる有るものは弱し、恐るるに足らず、求むる無き者は強し、之を如何ともする能わず、である。不可解は恐怖になり、恐怖は遁逃を思わしめるに至った。で、何も責め立てられるでも無く、強請されるでも・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・おとなしく皆で出し合って支払って帰る連中もありますが、大谷に払わせろ、おれたちは五百円生活をしているんだ、と言って怒る人もあります。怒られても私は、いいえ、大谷さんの借金が、いままでいくらになっているかご存じですか? もしあなたたちが、その・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 名古屋へんの言葉で怒ることをグザルというそうであるが、マレイでは gusari となっている。土佐の一部では子供がふきげんで guzu-guzu いうのをグジレルと言い、またグジクルという。アラビアでは「ひどく怒らせる」が ghza ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
出典:青空文庫