・・・若い才能は、思い切り縦横に、天馬の如く走り廻るべきだと思っています。試みたいと思う技法は、とことんまでも駆使すべきです。書いて書きすぎるという事は無い。芸術とは、もとから派手なものなのです。けれども私は、もうおそいようです。骨が固くなってし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その夜、北さんと別れてから、私は三鷹のカフェにはいって思い切り大酒を飲んだ。 翌る日午後五時に、私たちは上野駅で逢い、地下食堂でごはんを食べた。北さんは、麻の白服を着ていた。私は銘仙の単衣。もっとも、鞄の中には紬の着物と、袴が用意されて・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・コールド・ウォー こうなったら、とにかく、キヌ子を最大限に利用し活用し、一日五千円を与える他は、パン一かけら、水一ぱいも饗応せず、思い切り酷使しなければ、損だ。温情は大の禁物、わが身の破滅。 キヌ子に殴られ、ぎゃっとい・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・私はこのごろ学生たちには、思い切り苦言を呈する事にしている。呶鳴る事もある。それが私の優しさなのだ。そんな時には私は、この学生に殺されたっていいと思っている。殺す学生は永遠の馬鹿である。 ――はなはだ、僕は、失礼なのだが、用談は、三十分・・・ 太宰治 「新郎」
・・・しかし、あの時、印刷所のおかみさんと千葉県が、も少し私に優しく、そうして静かに意見してくれたら、私はふっつりと詩三昧を思い切り、まじめな印刷工にかえっていまごろはかなりの印刷所のおやじになっていたのではなかろうかと、老いの愚痴でございましょ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・「きょうは、ばかに神妙じゃありませんか。」 と私は実に面白くない気持で、そう言ってみた。 しかし、前田さんは、顔を伏せたまま、ふんと笑っただけだった。「思い切り遊ぶという約束でしたね。」と私はさらに言った。「少し飲みなさいよ・・・ 太宰治 「父」
・・・ 僕たちは、眉山のいない時には、思い切り鬱憤をはらした。「いかに何でも、ひどすぎますよ。この家も、わるくはないが、どうもあの眉山がいるんじゃあ。」「あれで案外、自惚れているんだぜ。僕たちにこんなに、きらわれているとは露知らず、か・・・ 太宰治 「眉山」
・・・得利寺で戦死した兵士がその以前かれに向かって 「どうせ遁れられぬ穴だ。思い切りよく死ぬサ」と言ったことを思い出した。 かれは疲労と病気と恐怖とに襲われて、いかにしてこの恐ろしい災厄を遁るべきかを考えた。脱走? それもいい、けれど捕え・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・一人の若者が団扇太鼓のようなものを叩いて相手の競争者の男の悪口を唄にして唄いながら思い切り顔を歪めて愚弄の表情をする、そうして唄の拍子に合わせて首を突出しては自分の額を相手の顔にぶっつける。悪口を云われる方では辛抱して罵詈の嵐を受け流してい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・手でも足でも思い切り自由に伸ばしたり縮めたりしてはね回っているけれども、その運動の均衡が実に安定であって、非常によくバランスのとれた何かの複雑なエンジンの運転を見ているような不思議な快感がある。 二人の呼吸が実によく合っている。そこから・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
出典:青空文庫