・・・この奥さんの寸言の深い意味に思い当る次第である。 屠蘇と吸物が出る。この屠蘇の盃が往々甚だしく多量の塵埃を被っていることがある。尤も屠蘇そのものが既に塵埃の集塊のようなものかもしれないが、正月の引盃の朱漆の面に膠着した塵はこれとは性質が・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・などと云っているのは現代人にも思い当たるふしがあるであろう。 智恵の遊戯とも見られるウィティシズムの類例もいくつかある。第八十六、第百六、第百三十五などがそれであるが、これらにも多少の俳諧がある。 子供の時から僧になった人とちがって・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・それについて先ず何よりも先に思い当るのは現代の教育のプログラムである。 習字と漢籍の素読と武芸とだけで固めた吾等の父祖の教育の膳立ては、ともかくも一つのイデオロギーに統一された、筋の通り切ったものであった。明治大正を経た昭和時代の教育の・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・自分が親切と思ってしたこと、そのことが思っていたような結果としてはあらわれず、自分が自分の親切に甘えたということばかりが思い当るような気持のことがあって、私はうちにいたくなかった。そして、雨の外を歩いていた。 いろいろの心持を感じながら・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・文学に関する賞についてだけ考えて見ると、これらの賞が、明治から大正年代にかけてはまだ殆どなかったという事実に思い当る。明治三十七八年以後大正十年位までの間は、日本の近代文学が、その創造力の旺盛をきわめた時期であった。今日私たちの目の前にある・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・どうもちっとも思い当る事がありませんね。貴夫人。それは思い出させてお上げ申しますわ。ですけれど内証のお話でございますよ。男。それは内証のお話と内証でないお話ぐらいはわたくしにだって。貴夫人。いいえ。そのお話申す事柄が内証だと申す・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫