・・・君は元来性急な男だったがなあ。A あまり性急だったお蔭で気長になったのだ。B 悟ったね。A 絶望したのだ。B しかしとにかく今の我々の言葉が五とか七とかいう調子を失ってるのは事実じゃないか。A 「いかにさびしき夜なるぞや・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・「おお、もう駒を並べましたね、あいかわらず性急ね、さあ、貴下から。」 立花はあたかも死せるがごとし。「私からはじめますか、立花さん……立花さん……」 正にこの声、確にその人、我が年紀十四の時から今に到るまで一日も忘れたことの・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「ほんとに性急でいらっしゃるよ。誰も帰ったとも何とも申上げはしませんのに。いいえ、そうじゃないんですよ。お気の毒様だと申しましたのは、あなたはきっと美しい※さんの姿は、私の、謙造の胸にある!」 とじっと見詰めると、恍惚した雪のような・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・湯は沸らせましたが――いや、どの小児衆も性急で、渇かし切ってござって、突然がぶりと喫りまするで、気を着けて進ぜませぬと、直きに火傷を。」「火傷を…うむ。」 と長い顔を傾ける。 二「同役とも申合わせまする事・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ ざっと、かくの次第であった処――好事魔多しというではなけれど、右の溌猴は、心さわがしく、性急だから、人さきに会に出掛けて、ひとつ蛇の目を取巻くのに、度かさなるに従って、自然とおなじ顔が集るが、星座のこの分野に当っては、すなわち夜這星が・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「今入れているじゃありませんか、性急ない児だ」と母は湯呑に充満注いでやって自分の居ることは、最早忘れたかのよう。二階から大声で、「大塚、大塚!」「貴所下りてお出でなさいよ」と母が呼ぶ。大塚軍曹は上を向いて、「お光さん、お光さ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 奥さんは性急な、しかし良家に育った人らしい調子で、「宅じゃこの通り朝顔狂ですから、小諸へ来るが早いか直ぐに庭中朝顔鉢にしちまいました――この棚は音さんが来て造ってくれましたよ――まあこんな好い棚を――」 と高瀬に話した。奥さん・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・又、彼等は一様に、何かに性急に追いまくられてるように感じた。 彼等は、純粋な憐みと、純粋な憤りとの、混合酒に酔っ払った。 ――俺たちも―― 此考えを、彼等は頑固な靴や、下駄で、力一杯踏みつけた。が、踏みつけても、踏みつけても、溜・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・お前さんも性急だことね。ついぞない。お梅どんが気が利かないんだもの、加炭どいてくれりゃあいいのに」と、小万が煽ぐ懐紙の音がして、低声の話声も聞えるのは、まだお熊が次の間にいると見える。 吉里は紙巻煙草に火を点けて西宮へ与え、「まだ何か言・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫