・・・好色物における当時の性的生活の記録については云うも管であろう。 実証的な西鶴のマテリアリズムは彼の「町人もの」の到る処に現われているのであるが、『永代蔵』にある「其種なくて長者になれるは独りもなかりき」という言葉だけからもその一端を想像・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・上のほうのは言わば乾性、あるいは男性的の痛さで少し肩に力を入れて力んでいればなんでもないが腰のほうへ下がって行くと痛さが湿性あるいは女性的になって、かゆいようなくすぐったいような泣きたいような痛さになる。動かすまいと思っても腰をひねらないで・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 重兵衛さんは性的な問題を取扱った話はほとんどしなかったようである。姉の家で普請をしていた時に、田舎から呼寄せられて離屋に宿泊していた大工の杢さんからも色々の話を聞かされたがこれにはずいぶん露骨な性的描写が入交じっていたが、重兵衛さんの・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・夢の中ではたとえば蝋燭やあるいはまたじめじめした地下の坑道が性的の象徴となる場合がある。またこれに相当する例は芭蕉初期時代の連句には往々ある。また重いものをかついで山道を登る夢が情婦とのめんどうな交渉の影像として現われることもある。古来の連・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ コロンタイズムは、全く一九一七年から二三年間の混乱期にふるいブルジョア社会の性的放縦の最後の反映、火花として現れた変則な社会現象であった。四五年以上も経過してから、日本において、一つの急進的な性関係のタイプとして、イデオロギー的にコロ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。 人間を動物的に低める性的誇張・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・かたぎの娘と街の娘とをかぎる一本の線は、経済問題と性的好奇心とのために絶えず心理的に不安にゆられているのだ。しかし、一方には夜の娘を、あらゆる商業的な文化の上でもてあそび、間接な淫蕩に浸りながら、その半面で電車に乗るなとけがらわしがる感情が・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 男性よりも、女性の方が、愛を持たずに性的交渉を持つに堪えない感情を持って居る。 男性の方が、情慾にのみ左右され得る。然しもう一つ異った場合、仮令えば、夫婦関係に於て、愛から女性は放縦な性慾の対手と成るに甘じる場合がある。 多く・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・ 現在では女性の――生活の様式がどうしても単調で変化に乏しいと云う点、自分が女性としての性的生活を完全に営んでいなかった事又は、女性の一人として同性の裡に入っていると、自分達の特性に対して馴れ切って無自覚に成りがちであると一緒に、却って・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・「十分に満足するまで性的に行動することは出来なくとも、性の問題については明確に考えたい」彼のこの考えは、まことに穏健な常識であるというほかの何でもあり得ない。 だけれども、ローレンスは二十年昔の社会の多くの目から、度はずれな男、秩序を破・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
出典:青空文庫