・・・ そう思うと樋口も木村もどこか似ている性質があるようにも思われますが、それは性質が似ているのか、同じ似たそのころの青年の気風に染んでいたのか、しかと私には判断がつきませんけれども、この二人はとにかくある類似した色を持っていることは確かで・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・さまざまな果実の美味は果実の種類によって性質的に異なり、同一の美味が主観の感覚によってさまざまに感じられるのではない。美味そのものの相違である。その如く「純潔な」「臆病な」「気高い」「罪深い」等の倫理的価値もそのものとして先験的に存在するの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そういう性質からして、工場へ一歩足を踏みこむと、棒切れ一ツにでも眼を見はっていた。細かく眼が働く特別な才能でも持っているらしい。 彼は与助には気づかぬ振りをして、すぐ屋敷へ帰って、杜氏を呼んだ。 杜氏は、恭々しく頭を下げて、伏目勝ち・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・これはこの源三が優しい性質の一角と云おうか、いやこれがこの源三の本来の美しい性質で、いかなる人をも頼むまいというようなのはかえって源三が性質の中のある一角が、境遇のために激せられて他の部よりも比較的に発展したものであろうか。 お浪は今明・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖すべきではなくて、多くは、その個々が有している迷信・貪欲・痴愚・妄執・愛着の念をはらいがたい境遇・性質等に原因するのである。故に見よ。彼らの境遇や性質が、も・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・私はまた、二人の子供の性質の相違をも考えるようになった。正直で、根気よくて、目をパチクリさせるような癖のあるところまで、なんとなく太郎は義理ある祖父さんに似てきた。それに比べると次郎は、私の甥を思い出させるような人なつこいところと気象の鋭さ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・私はむしろ情負けをする性質である。先方の事情にすぐ安値な同情を寄せて、気の毒だ、かわいそうだと思う。それが動機で普通道徳の道を歩んでいる場合も多い。そしてこれが本当の道徳だとも思った。しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考える・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 性質はまじめな、たいへん厳格で律儀なものをさえ、どこかに隠し持っていましたが、それでも趣味として、むかしフランスに流行したとかいう粋紳士風、または鬼面毒笑風を信奉している様子らしく、むやみやたらに人を軽蔑し、孤高を装って居りました。長・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 「生理的と言うよりも性質じゃないかしらん」 「いや、僕はそうは思わん。先生、若い時分、あまりにほしいままなことをしたんじゃないかと思うね」 「ほしいままとは?」 「言わずともわかるじゃないか……。ひとりであまり身を傷つけた・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・時代や流行とは無関係に永遠に伝えらるべき性質のものではないだろうか。 谷中から駒込までぶらぶら歩いて帰る道すがら、八百屋の店先の果物や野菜などの美しい色が今日はいつもよりは特別に眼についた。骨董屋の店先にある陶器の光沢にもつい心を引・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
出典:青空文庫