・・・この二人は自分の幼い心に翼を取りつけてくれた恩人であった。 楠さんの弟の亀さんはハゴを仕掛けて鳥を捕えたり、いろいろの方法でうなぎを取ったりすることの天才であった。この亀さんから自分は自然界の神秘についていかなる書物にも書いてない多くの・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・冷かな歴史の眼から見れば、彼らは無政府主義者を殺して、かえって局面開展の地を作った一種の恩人とも見られよう。吉田に対する井伊をやったつもりでいるかも知れぬ。しかしながら徳川の末年でもあることか、白日青天、明治昇平の四十四年に十二名という陛下・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「あの眼は、親だろうと、恩人だろうと殺し兼ねない」 利平は、身内を、スーッと走る寒さに似た恐怖を感ぜずにいられなかった。「おい、支度をしろ、今日のうちに、引越してしまおう」 おど、おどしている女房に、こう云った利平は、先刻ま・・・ 徳永直 「眼」
・・・に結っている人も大分残ってはいたが、しかし大方は四十を越した老人ばかりなので、あの般若の留さんは音羽屋のやった六三や佐七のようなイキなイナセな昔の職人の最後の面影をば、私の眼に残してくれた忘れられない恩人である。 昔は水戸様から御扶持を・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・あなたさまは私ども親子の大恩人でございます」 ホモイは、その赤いものの光で、よくその顔を見て言いました。 「あなた方は先頃のひばりさんですか」 母親のひばりは、 「さようでございます。先日はまことにありがとうございました。せ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・おれはお前の命の恩人だぞ。これからは、失礼なことを言ってはならん。ところで、さあ、こんどはあっちの木へ登れ。も少したったらごはんもたべさせてやるよ。」男はまたブドリへ新しいまりを渡しました。ブドリははしごをもって次の木へ行ってまりを投げまし・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・おれはお前の大恩人ということになっている。これから失礼をしてはならん。ところでさあ、登れ。登るんだよ。夕方になったらたべものも送ってやろう。夜になったら綿のはいったチョッキもやろう。さあ、登れ。」「夕方になったら下へ降りて来るんでしょう・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・国守の恩人曇猛律師は僧都にせられ、国守の姉をいたわった小萩は故郷へ還された。安寿が亡きあとはねんごろに弔われ、また入水した沼の畔には尼寺が立つことになった。 正道は任国のためにこれだけのことをしておいて、特に仮寧を申し請うて、微行して佐・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫