・・・と云う、古い札が下っていますが、――時々和漢の故事を引いて、親子の恩愛を忘れぬ事が、即ち仏恩をも報ずる所以だ、と懇に話して聞かせたそうです。が、説教日は度々めぐって来ても、誰一人進んで捨児の親だと名乗って出るものは見当りません。――いや勇之・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・忘れてかなうまじき人といわなければならない、そこでここに恩愛の契りもなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいうと忘れてしまったところで人情をも義理をも欠かないで、しかもついに忘れてしまうことのできない人がある。世間一般の者にそう・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・彼は父母と、師長と、国土への恩愛を通して、活ける民族的、運命的共同体くにへの自覚と、感謝と、護持の念にみちみちていた。彼はその活きたくにへの愛護の本能によって、大蒙古の侵逼を直覚し、この厄難から、祖国を守らんがために、身の危険を忘れて、時の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 祖国の安危のために、世界の平和のために、人道と文明のために、たちがたき恩愛をたって、自分の子を供えものにせねばならぬ。マリアはキリストを、乃木夫人は二人の息子を、この要求のために犠牲にしたのだ。初めに出発した生物的、本能的愛と比較する・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・朋友も師弟も理義によっては恩愛を捨てて別離しなければならないこともある。かくしてニーチェはワグネルと別れ、日蓮は道善房と別れねばならなかった。清澄山の道善房はむしろ平凡な人であったが、日蓮が法華経に起ったとき、怒って破門した。後に道善房が死・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・畜生の人間的恩愛を描いたこの悲劇の不思議な世界の不思議な雰囲気も、やはり役者が人形であるがためにかえっていっそう濃厚になり現実的になるからおもしろいのである。 最後に「爆弾三勇士」があったが、これも前に一見した新派俳優のよりもはるかにお・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・元来夫の家は皆他人なれば、恨背き恩愛を捨る事易し。構て下女の詞を信じて大切なるしゅうとしゅうとめ姨の親を薄すべからず。若し下女勝て多言くて悪敷者なれば早く追出すべし。箇様の者は必ず親類の中をも言妨て家を乱す基と成物也。恐るべし。又卑者を使ふ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・泣いても泣いても泣き切れぬ惨めさが。恩愛も、血縁も、人格的なつながりもない……から死命を制せられている自分!」うたい上げられた調子はあるが沈潜して読者の心をうち、ともに憤激せしめる迫力は欠けている。 皮相的な、浮きあがった表現の著しい例・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫