・・・前線で戦死したことを息子の余栄として、皇后の巻かれた繃帯で、わが良人、わが子のもがれた手足がくるまれ、目しいた眼が包まれることで、日本の女性の苦悩と疑惑とが感涙によって洗い流されなければならなかった。恩賜の義足、恩賜の義手、何という惨酷な、・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・携帯品預所の台の上へ短剣を脱して出した栖方は、剣の柄のところに菊の紋の彫られていることを梶に云って、「これ僕んじゃないのですが、恩賜の軍刀ですよ。他人のを借りて来たんです。もうじき、僕も貰うもんですから。」 子供らしくそう云いながら・・・ 横光利一 「微笑」
・・・やがてこの光が恩賜の時計の光となった。この美しい情は「愛」の上にたつ人の身の霊的興奮である。吾人は「愛」に重きを置く、公爵家の若君は母堂を自動車に載せて上野に散策し、山奥の炭焼きは父の屍を葬らんがために盗みを働いた。いずれが孝子であるか、今・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫