・・・(忰と父親が寄ろうとしますと、変な声を出して、 寄らっしゃるな、しばらく人間とは交らぬ、と払い退けるようにしてそれから一式の恩返しだといって、その時、饅頭の餡の製し方を教えて、屋根からまた行方が解らなくなったと申しますが、それからは・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・とお力は半分独りごとのように、「私のようなもののところへも、御恩返しをする日が来たような気もしますよ。何年となく私はこんな日の来るのを待っていたようなものですよ」 その日はこんな話が尽きなかった。 久しぶりでお三輪の出て来て・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・僕は、きっと御恩返しをしてやるよ。君は、いい人だね。泣いたりなんかして、僕は、だらしがないなあ。僕はごはんを食べていると、時々むしょうに侘しくなるんだ。悲しい事ばかり、一度にどっと思い出しちゃうんだ。僕の父はね、恥ずかしい商売をしているんだ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・人手不足でかえって、てんてこ舞いのいそがしさだったようで、あの頃は私たちは毎日早朝から預金の申告受附けだの、旧円の証紙張りだの、へとへとになっても休む事が出来ず、殊にも私は、伯父の居候の身分ですから御恩返しはこの時とばかりに、両手がまるで鉄・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫