・・・そうして和尚の首と悟りと引替にしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。 もし悟れなければ自刃する。侍が辱しめられて、生きている訳には行かない。綺麗に死んでしまう。 こう考えた時、自・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・余輩はただ今後の成行に眼をつけ、そのいずれかまず直接法の不便利を悟りて、前に出したる手を引き、口を引き、理屈を引き、さらに思想を一層の高きに置きて、無益の対陣を解く者ならんと、かたわらより見物して水掛論の落着を待つのみ。 この全編の大略・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・を招くの媒たるを知り、早々にその座を切上げて不体裁の跡を収め、下士もまた上士に対して旧怨を思わず、執念深きは婦人の心なり、すでに和するの敵に向うは男子の恥るところ、執念深きに過ぎて進退窮するの愚たるを悟り、興に乗じて深入りの無益たるを知り、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・今まで悟りと思うて居たことが、悟りでなかったということを知っただけがむしろ悟りに近づいた方かもしれん。そう思うて見ると悟りと気取りと感違えして居る人が世の中にも沢山ある。そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったなら・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・されども遂にその苦行の無益を悟り山を下りて川に身を洗い村女の捧げたるクリームをとりて食し遂に法悦を得たのである。今日牛乳や鶏卵チーズバターをさえとらざるビジテリアンがある。これらは若し仏教徒ならば論を俟たず、仏教徒ならざるも又大に参考に資す・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・という悟りの境涯に入り度いのです。 少くとも、非常な場合に、結婚と同様な、一種の人格的飛躍で、その域に達し得るだけの叡智を持っていることだけは自信したいのです。 持ちたい、見たい、語り度い、という執念からは解脱したく、またすべきであ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ なほ子は思わずつよく、「悟りは冷やかなもんじゃあないことよ、あたたかいはずよ」 そして、笑い出しながら云った。「けちなこと云い出すと、火をつけるぞ――」「――何だい――」まさ子は「なんだ、飛んだ婆焼庵だね」 苦笑し・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・わがメエルハイムの見えぬはいかにとおもいしが、げに近衛ならぬ士官はおおむね招かれぬものをと悟りぬ。さてイイダ姫の舞うさまいかにと、芝居にて贔屓の俳優みるここちしてうち護りたるに、胸にそうびの自然花を梢のままに着けたるほかに、飾りというべきも・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・ 私は一つのことを悟り得た。迷いと屈托とに遅滞しているゆえをもって、直ちにその人の人格を卑しめてはいけない。態度の純一のゆえに、直ちにその人の人格を過大視してはいけない。態度の美しさのほかに、なお一つ、戦いの深さによって人を見る視点があ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・を見る禅の悟りのように、たくまず努めず自ら意識することもなくして、しかも彼に触れるすべての人に異様な圧力を与える。まるで人々の間に「狂気」をふりまいて歩くように見える。幾人かの女が殺されそうにその心を捕えられている。ロシアの神を信じようとす・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫