・・・彼は何に縁りてここに悟るところありしか。彼が見しこと聞きしこと時に触れ物に触れて、残さず余さずこれを歌にしたるは、杜甫が自己の経歴を詳に詩に作りたると相似たり。古人が杜詩を詩史と称えし例に傚わば曙覧の歌を歌史ともいうべきか。余が歌集によりて・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ころが信州は山国で肴などという者はないので、この犬は姨捨山へ往て、山に捨てられたのを喰うて生きて居るというような浅ましい境涯であった、しかるに八十八人目の姨を喰うてしもうた時ふと夕方の一番星の光を見て悟る所があって、犬の分際で人間を喰うとい・・・ 正岡子規 「犬」
・・・その内ふと俳句と比較して見てから大に悟る所があった。俳句に富士山を入れると俗な句になりやすい、俳句に松の句もあるけれど松の句には俗なのが多くて、かえって冬木立の句に雅なのが多い、達磨なんかは俳句に入れると非常に厭味が出来る、これ位の事は前か・・・ 正岡子規 「画」
・・・ そして、その整ったと云う理想の形は、只無暗に人の心の裏を悟るに早く、自己をフランクに表わす事なく、凝と総てを両歯の間にかみしめて、眉を上げたような女でございます。 女性の持つべき総ての特性を完全に育てられては居りません。従って、彼・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・が力強くあればあるほど、無智にも傾きやすい素質を持つことを、自分から放射される愛情について考え合わせていなかったことが、いろいろな失策を産む原因であったことを、今ようよう、ほんとに今ようよう、ごく僅か覚ることが出来たのである。すべての自分の・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 秋三はお霜の来た用事を悟ると痛快な気持が胸に拡った。彼はにやにやしながら云った。「にじりつけるか。勘が引受けよったのやないか。勘に訊いてみい、勘に。」「連れて来んもの、誰が引受けるぞ。」「そりゃお前、お前とこが株内やで俺が・・・ 横光利一 「南北」
・・・がしかし、彼はその苦悩の真の原因を悟る事ができないのでした。私はその人の人格に同感すればするほど不愉快を感じます。そうしてその苦悩に同情するよりもその無知と卑劣が腹立たしくなります。――で、私は友人と二人でヒドイ言葉を使って彼を罵りました。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・私は黒い鉄の扉に突き当たったが、自分の力で動かし難い事を悟るとともに、鍵穴を探し出す余裕を取り返したのである。三 トルストイやストリンドベルヒの作物を読んでみる。語の端々までも峻厳な芸術的良心が行きわたっている。はち切れるよ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・そこで打ち砕いた殻のなかに美味な漿液のあることを悟る機会が予の前に現われた。予はそれをつかむとともに豊富な人性の内によみがえった。―― そこに危機があった。そうして突破があった。この体験から予の警告は生まれたのである。五・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・危うしと悟る瞬間救いを叫ぶは自然である。彼らを危うしと見ながら悠々とエジプトの葉巻咽草を吹かすは逆自然である、悪逆である、さらに無道の極みである。「絶望」に面して立つ雄々しき労働者は無情なる世人を見て憤怒の念を起こす。綱の切れるはかまわ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫