・・・要するに、具体的な事件は一つも覚えていないが、ただその手紙の全体としての印象は、先生が手のつけられない悪戯っ児の悪太郎であったということであった。 事実はとにかく幼時における夏目先生が当時のS先生の記憶の中にそんな風に印象されたというこ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 自分たちの少年時代にはもう文明の光にけおされてこのシバテンどもは人里から姿を隠してしまっていたが、しかし小学校生徒の仲間にはどこかこのシバテンの風格を備えた自然児の悪太郎はたくさんにいて、校庭や道ばたの草原などでよく相撲をとっていた。・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・しかし茶目気分横溢していてむつかしい学科はなんでもきらいだという悪太郎どもにとっては、先生の勤勉と、正確というよりも先生の教える学問のむつかしさが少なからず煙たくもあったらしい。当時、アメリカの民謡の曲を取った「ヒラ/\と連隊旗」という唱歌・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・それを待構えた残忍な悪太郎は、蚊帳の切れで作った小さな玉網でたちまちこれを俘虜にする。そうして朝の光の溢るる露の草原を蹴散らして凱歌をあげながら家路に帰るのである。 中学時代に、京都に博覧会が開かれ、学校から夏休みの見学旅行をした。高知・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・とにかく、この山男の身辺にはなんとなく一種神秘の雰囲気が揺曳しているように思われて、当時の悪太郎どもも容易には接近し得なかったようである。自分もこの老いさらぼえた山人に何とはなしに畏怖の念をいだいていたが、しかしその「山オコゼ」というのがど・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
出典:青空文庫