・・・ぼくを悪者とでも思ったのか、いきなりポチが走って来て、ほえながら飛びつこうとしたが、すぐぼくだと知れると、ぼくの前になったりあとになったりして、門の所まで追っかけて来た。そしてぼくが門を出たら、しばらくぼくを見ていたが、すぐ変な鳴き声を立て・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 光治の級にも、やはり木島とか梅沢とか小山とかいう乱暴のいじ悪者がいて、いつも彼らはいっしょになって、自分らのいうことに従わないものをいじめたり、泣かせたりするのでありました。光治は日ごろから、遊びの時間にも、なるたけこれらの三人と顔を・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・昔あるお姫さまが、悪者のためにさらわれていって、沖の島で、一生独りさびしく琴を弾じて送ると、死んでから、その魂がうそになったというのだよ。それで、うそがさえずっていたので、秀公が、琴を弾じているといったんだそうだ。僕、なんのことかわからなか・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・はと申しますと、これはどうも実際社会に現存して居る人物の悪者を極端まで誇張して書いたような形跡があります。まさかに馬琴の書きましたほどの悪人が、その当時に存して居ったとは思えませぬが、さればとてそれは全く馬琴の空想ばかりで捏造したものではあ・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・んなどには、お前さん達の息子のしたことはドロ棒したとか、強姦したとかいう罪とちがって何も恥かしがることはないと云っていながら、労働者のおかみさん達には、それは世の中で一番恐ろしい罪で、みんな学問のある悪者にだまされてやったんだと云って、運動・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・『われひとりを悪者として勘当除籍、家郷追放の現在、いよいよわれのみをあしざまにののしり、それがために四方八方うまく治まり居る様子』などのお言葉、おうらめしく存じあげ候。今しばし、お名あがり家ととのうたるのちは、御兄上様御姉上様、何条もってあ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・『われひとりを悪者として勘当除籍、家郷追放の現在、いよいよわれのみをあしざまにののしり、それがために四方八方うまく治まり居る様子、』などのお言葉、おうらめしく存じあげ候。今しばし、お名あがり家ととのうたるのちは、御兄上様御姉上様、何条もって・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は破邪の剣を振って悪者と格闘するよりは、頬の赤い村娘を欺いて一夜寝ることの方を好むのである。理想にも、たくさんの種類があるものである。私はこの好色の理想のために、財を投げ打ち、衣服を投げ打ち、靴を投げ打ち、全くの清貧になってしまった。そう・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・もっと強いものを求めるいまわしい不貞が頭をもたげることさえあって、私は悪者でございます。結婚して、はじめて青春の美しさを、それを灰色に過してしまったくやしさが、舌を噛みたいほど、痛烈に感じられ、いまのうち何かでもって埋め合せしたく、あの人と・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・おまえの親爺にしろおふくろにしろ、またおまえにしろ、おれをならずものの呑んだくれのわるいわるい悪者と思っているにちがいない。ところがどうじゃ。おれはああ気の毒なと思ったならこうして傘でもなんでもめんどうしてやるほどの男なのだ。ざまを見ろ。ふ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫