・・・ さなきだに人類の情慾は自ずから禁じ難きものなるに、ここに幸いにも子孫相続云々の一主義あることなれば、この義を拡めていかなる事か行わるべからざらんや。妻を離別するも可なり、妾を畜うも可なり、一妾にして足らざれば二妾も可なり、二妾三妾随時・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・エピクロス派の耽美家が初老を越すと、相手の女の情欲を芸術的に研究しようと云う心理的好奇心より外には、もうなんの要求をも持っていない。これまでのこの男の情事は皆この方面のものに過ぎなかった。それがもう十年このかたの事である。 ピエエル・オ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
ト翁は、人間が結婚を欲するのは、情慾に動かされるからだ、と云って居るのを、彼の日記の中に見る。又、個人を愛するのには盲目に成らなければ愛せない。盲目に成らなければ只神と人類を愛し得るのみだ。――神性を愛するよりほか出来なく・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・悧巧に、経済状態を考え、子等さえ過剰にしなければ、自分の情慾に、何のはじも感じないでよい、というような、物の考えかたを根本から立てなおす為、私共は、力のかぎり、あきらかな光明と、素朴な叡智とをのぞみ、求めて行かなければならないのです。平静に・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・又は勁く、叢れ、さっと若葉を拡げた八つ手、旺盛な精力の感、無意識に震える情慾の感じ。電車の音、自動車の疾走戸外は音響に充ち少年は、頻りに口笛を吹く。静謐な家の中 机に向い自分は、我と我がひろき額、髪を撫でこする。・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・とか「情慾」とかそういう傾向の。高見順という作家は「毅然たる荒廃」を主張しているそうですが、バーや女給やデカダンスの中では毅然たるものが発生しにくいし他に生活はないし、背骨が立たぬから説話体をこね上げたらし。解子さんなどこういう才能の跳梁に・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・一見中性的で、或るかたさ、つめたさが漂っていながら、しかもどっかに激しい女の情慾を感じさせる種類の顔であった。女のようでない、だがそれを知っている者にとって彼女は実に烈しく、だが子は生まない女であるというような手のこんだ、享楽的な感覚の追求・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 舞姫などこのように、情慾も、好奇心もないのに、そういう目に会う。 のち、男にひかされ、ひどい生活を五年する――男、口入の一寸よいの。いつも、百や二百の金は財布にある、但人の金、女そんなこととは知らずにかかる。ちゃんと退引せず、男の・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・かり、小道へまで引きまわされ、脂のきつい文章の放散する匂いに揉まれ、而もそれらのごたごたした裡から、髣髴と我々の印象に刻された従妹ベットの復讐の恐ろしい情熱、マルヌッフ夫妻、ユロ男爵の底を知らぬ深刻な情慾への没落、カトリック的献身の見本のよ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ゴーリキイは、女をいかなる醜悪な場面、条件においても理解すべきもの、哀れむべきもの、或は愛し尊敬すべきものとして観察し、女の情慾をもある時は一つの驚くべき力として感じている。ゴーリキイはトルストイの女に対する態度に対して純真な疑問を発してい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫