・・・不折の一番得意で他に及ぶ者のないのは『日本』に連載するような意匠画でこれこそ他に類がない。配合の巧みな事材料の豊富なのには驚いてしまう。例えば犬百題など云う難題でも何処かから材料を引っぱり出して来て苦もなく拵える。いったい無学と云ってよい男・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ その日になると、お絹は昼ごろ髪を結いに行って、帰ってくると、珍らしくおひろの鏡台に向かっていたが、おひろもお湯に行ってくると、自分の意匠でハイカラに結いあげるつもりで、抱えの歌子に手伝わせながら、丹念に工夫を凝らしていたが、気に入らな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・草双紙の表紙や見返しの意匠なぞには、便所の戸と掛手拭と手水鉢とが、如何に多く使用されているか分らない。かくの如く都会における家庭の幽雅なる方面、町中の住いの詩的情趣を、専ら便所とその周囲の情景に仰いだのは実際日本ばかりであろう。西洋の家庭に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その上に意匠の技術を無視した色のわるいペンキ塗の広告がベタベタ貼ってある。竹の葉の汚らしく枯れた松飾りの間からは、家の軒ごとに各自勝手の幟や旗が出してあるのが、いずれも紫とか赤とかいう極めて単純な色ばかりを択んでいる。 自分は憤然として・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 戦争前、カフェー汁粉屋その他の飲食店で、広告がわりに各店で各意匠を凝したマッチを配布したことがある。これを取り集めて丁寧に画帖に貼り込んだものを見たことがあった。当時の世の中を回顧するにはよい材料である。戦後文学また娯楽雑誌が挿絵とい・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・松、竹、梅、桜、蓮、牡丹の如き植物と、鶴、亀、鳩、獅子、犬、象、竜の如き動物と、渦巻く雲、逆巻く波の如き自然の現象とは、いずれも一種不思議な意匠によって勇ましくも写実の規定から超越して巧みに模様化せられ、理想化せられてある。われわれは今日春・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・後ろの部屋にカーライルの意匠に成ったという書棚がある。それに書物が沢山詰まっている。むずかしい本がある。下らぬ本がある。古びた本がある。読めそうもない本がある。そのほかにカーライルの八十の誕生日の記念のために鋳たという銀牌と銅牌がある。金牌・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・橋口五葉氏は表紙其他の模様を意匠してくれた。両君の御蔭に因って文章以外に一種の趣味を添え得たるは余の深く徳とする所である。 自分が今迄「吾輩は猫である」を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔をわざわざ寄せて意外の褒辞を・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・すべての軒並の商店や建築物は、美術的に変った風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆がついて出来てるのだった。それは古雅で奥床しく、町の古い過去の歴史と、住民の長・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・是等は都て美術上の意匠に存することなれば、万事質素の教は教として、其質素の中にも、凡そ婦人たる者は身の装を工風するにも、貧富に拘わらず美術の心得大切なりとの一句を加えたきものなり。一 我里の親の方に私し夫の方の親類を次にすべから・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫