・・・これも別に確然たる意見があったわけではない。その頃の書生は新刊の小説や雑誌を購読するほどの小使銭を持っていなかったので、読むに便宜のない娯楽の書物には自然遠ざかっていた。わたくしの家では『時事新報』や『日々新聞』を購読していたが『読売』の如・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・然し彼は何事に就いても少しの意見もなければ自ら差し出てどうということもない。気に入らぬことがあれば独でぶつぶつと怒って居る。そうした時は屹度上脣の右の方がびくびくと釣って恐ろしい相貌になる。彼の怒は蝮蛇の怒と同一状態である。蝮蛇は之を路傍に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・先生の知っている所はおそらくこの三軒の家と、そこから学校へ通う道路くらいなものだろう。かつて先生に散歩をするかと聞いたら、先生は散歩をするところがないから、しないと答えた。先生の意見によると、町は散歩すべきものでないのである。 こういう・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・婚姻は人間の大事なれば父母の同意即ち其許なくては叶わず、なれども父母の意見を以て子に強うるは尚お/\叶わぬことなり。父母が何か為めにする所ありて無理に娘を或る男子に嫁せしめんとして、大なる間違を起すは毎度聞くことなり。左れば男女三十年二十五・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・十二日 露都病院にて長谷川辰之助長谷川静子殿長谷川柳子殿 遺族善後策これは遺言ではなけれど余死したる跡にて家族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・しかし大鷲の意見と僕の意見と往々衝突するから保証は出来ない。 三橋に出ると驚いた。両側の店は檐のある限り提灯を吊して居る。二階三階の内は二階三階の檐も皆長提灯を透間なく掛けて居る。それでまだ物足らぬと見えて屋根の上から三橋の欄干へ綱を引・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やっぱりこの激しい寒さだけはどうともできないようすでした。 ところが六月もはじめになって、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない木を見ますと、ブ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 青年団の寄合で、村会議員の清助に会った時、彼はざっくばらんに自分の意見を話した。「どんなもんだべ、俺、まだ足腰の立つうち柳田村さやるのがいいと思うが、あっちにゃ何でも姪とかが一戸構えてる話でねえか。――万一の時、俺一人で世話はやき・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・木村は新聞社の事情には※いが、新聞社の芸術上の意見が三面にまで行き渡っていないのを怪みはしない。 今読んだのはそれとは違う。文芸欄に、縦令個人の署名はしてあっても、何のことわりがきもなしに載せてある説は、政治上の社説と同じようなもので、・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・『春琴抄』における眼を突く時間の早さについてうんぬんしたのも、私にはここに意見があったのである。 ついでに宇野浩二氏の『子の来歴』についても一言生活としての例を挙げるとすると、この作も私は人々のいう如く感心をし、見上げた作品だと思ったが・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫