・・・天下無類の愚か者。それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」「いいえ、聴きませぬ。そ・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・――女というものはいやいや男のされるがままになっているものだと思い込んでいた私は、愚か者であった。日頃慎ましくしていても、こんな場合の女はがらりと変ってしまうものかと、間の抜けた観察を下しながら、しかし私は身も世もあらぬ気持で、「結婚し・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 私は何が、自分をこんなにまで弱らしてしまったのかを、考えることができない。愚か者の妻の――愚痴ばかし言ってくる――それほどならば帰る気になぞならなければよかったのに――彼女からの時々の手紙も、実際私を弱らすものだ。けれどもむろん、そのため・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・老人 はあ、恐れ多い事でござりまする。愚か者がしらぬ間に犯した罪はさぞ数多いことでござりましょう。法王はやせて骨の目立つ手を老人の毛のうすい頭にのせて黙祷する。それから順々に二言三言感謝の言葉をのべるものや、中には狂的に・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・女はつまらない、男は愚か者でも世の中を渡って行くのに、と一葉は或る自己批評をして、こんな苦しい生活を止めてしまおうかと思ったことさえあった。そんなに憤慨して熱血迸るというところがある。それだのに小説をお読みになれば分るように、「たけくらべ」・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・「おっしゃるとおり、名はわたくしにも申しませぬ」と、奴頭が言った。 大夫は嘲笑った。「愚か者と見える。名はわしがつけてやる。姉はいたつきを垣衣、弟は我が名を萱草じゃ。垣衣は浜へ往って、日に三荷の潮を汲め。萱草は山へ往って日に三荷の柴を刈・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫