・・・私から言ったんじゃ、あいつは愚図々々いうにきまっていますから。」私は妻を部屋へ呼んだ。 けれども結果は案外であった。北さんが、妻へ母の重態を告げて、ひとめ園子さんを、などと言っているうちに妻は、ぺたりと畳に両手をついて、「よろしく、・・・ 太宰治 「故郷」
・・・事変はいつまでも愚図愚図つづいて、蒋介石を相手にするのしないのと騒ぎ、結局どうにも形がつかず、こんどは敵は米英という事になり、日本の老若男女すべてが死ぬ覚悟を極めた。 実に悪い時代であった。その期間に、愛情の問題だの、信仰だの、芸術だの・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・その一つには、私が小さい時から人なかへ出ることを億劫がり、としとってからもその悪癖が直るどころか、いっそう顕著になって、どうしても出席しなければならぬ会合にも、何かと事を構えて愚図愚図しぶって欠席し、人には義理を欠くことの多く、ついには傲慢・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ただもう私の働きの無い事をののしり、自分ほど不仕合せの者は無いと言って歎き、たまに雑誌社の人が私のところに詩の註文を持って来てくれると、私をさし置いて彼女自身が膝をすすめて、当今の物価の高い事、亭主は愚図で頭が悪くて横着で一つも信頼の出来ぬ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・多くの人々がその家族を遠い田舎に、いち早く疎開させているのを、うらやましく思いながら、私は金が無いのと、もう一つは気不精から、いつまでも東京の三鷹で愚図々々しているうちに、とうとう爆弾の見舞いを受け、さすがにもう東京にいるのがイヤになって、・・・ 太宰治 「薄明」
・・・少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐ・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・下手におていさいをつくろって、やせ我慢して愚図々々がんばって居るよりは、どうせ失態を見られたのだ、一刻も早く脱走するのが、かえって聡明でもあり、素直だとも思われた。 かなわない気持であった。もう、これで自分も、申しぶんの無い醜態の男にな・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 床の中で愚図々々していると、小川君が、コロナを五つ六つ片手に持って私の部屋にやって来た。「先生、お早う。ゆうべは、よく眠れましたか?」「うむ。ぐっすり眠った。」 私は隣室のあの事を告げて小川君を狼狽させる企てを放棄していた・・・ 太宰治 「母」
・・・ 疎開しなければならぬのですけれど、いろいろの事情で、そうして主として金銭の事情で、愚図々々しているうちに、もう、春がやって来ました。 ことしの東京の春は、北国の春とたいへん似ています。 雪溶けの滴の音が、絶えず聞えるからです。・・・ 太宰治 「春」
・・・げんに私が、その大泥靴の夢を見ながら、誰も私に警報して呉れぬものだから、どうにも、なんだか気にかかりながら、その夢の真意を解くことが出来ず愚図愚図まごついているうちに、とうとうどろぼうに見舞われてしまったではないか。まだ、ある。なんとも意味・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫