・・・底についたらしく手に感じたとき、すぐにグイグイと引っぱられ、あわてて引きあげてみると、大きなソコブクがかかっていた。釣れるときにはこんなにあっけなくかかるのに、釣れないとなると、どうにもしかたがないものである。私が成功したのは後にも先にもこ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・ 今日限りである、今朝が別れであると言ッた善吉の言葉は、吉里の心に妙にはかなく情なく感じて、何だか胸を圧えられるようだ。 冷遇て冷遇て冷遇抜いている客がすぐ前の楼へ登ッても、他の花魁に見立て替えをされても、冷遇ていれば結局喜ぶべきで・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・女子の方に適宜なれば男子の方は薬量の不足を感じ、男子に適量なりとすれば女子の服薬は適量にして必ず瞑眩せざるを得ず。女子は男子よりも親の教、忽にす可らず、気随ならしむ可らずとは、父母たる者は特に心を用いて女子の言行を取締め、之を温良恭謙に導く・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・人生は無意味だとは感じながらも、俺のやってる事は偽だ、何か光明の来る時期がありそうだとも思う。要するに無茶さ。だから悪い事をしては苦悶する。……為は為ても極端にまでやる事も出来ずに迷ってる。 そこでかれこれする間に、ごく下等な女に出会っ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・それはもと姉が弟にするキスであったのに、いつか温い感じが出て来ましたのね。次第に脣と脣との出合ったのが離れにくくなりますのを、わたくしはわざと自分でも気に留めないようにしていましたの。そして手の震えるのをお互に隠し合うようにしていましたっけ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・己はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・、とのみ詠むのほか、花のうつくしさ、月の清さ、鳥の啼く声をしみじみと身にしめて感じたる後に詠むということなければ、変化のなきのみか、その景象を明瞭に眼前に浮ばしむることは絶えてあるなし。曙覧の叙景法を見るにしからず。例えば「赤きもみぢに霜ふ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・なぜなら誰でも自分だけは賢く、人のしていることは馬鹿げて見えるものですが、その日そのイギリス海岸で、私はつくづくそんな考のいけないことを感じました。からだを刺されるようにさえ思いました。はだかになって、生徒といっしょに白い岩の上に立っていま・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ いまこの四冊の評論集をながめて、書評を書こうとし、非常に困難を感じる。なぜなら、この四冊の本には、著者の二十年近い生活とその発展のひだがたたまれている。しかもそれは一人の前進的な人間の小市民的インテリゲンツィアからボルシェビキへの成長・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ 彼らは感じのなさそうな顔のぼんやりしたふうで、買い手の値ぶみを聞いて、売り価を維持している。あるいはまた急に踏まれた安価にまけて、買い手を呼び止める、買い手はそろそろ逃げかけたので、『よろしい、お持ちなされ!』 かれこれするう・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫