・・・こういう厳粛な敬虔な感動はただ芸術だけでは決して与えられるものでないから、作者の包蔵する信念が直ちに私の肺腑の琴線を衝いたのであると信じて作者の偉大なる力を深く感得した。その時の私の心持は『罪と罰』を措いて直ちにドストエフスキーの偉大なる霊・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・わが心は独に今のこの楽しさを感ずるのみならず、実にまた来たるべき歳月におけるわが生命とわが食物とは今のこの時の感得中にあるべきなり。あえて望むはその感得の児童の際のごとからんことなり。 あの時は山羊のごとく然り山野泉流ただ自然の導くまま・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・つら考えるに、武術は同胞に対して実行すべきものに非ず、弓箭は遠く海のあなたに飛ばざるべからず、老生も更に心魂を練り直し、隣人を憎まず、さげすまず、白氏の所謂、残燈滅して又明らかの希望を以て武術の妙訣を感得仕るよう不断精進の所存に御座候えば、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・祖伝来の茶道具をも、ぽつりぽつりと売払い、いまは全く茶道と絶縁の浅ましき境涯と相成申候ところ、近来すこしく深き所感も有之候まま、まことに数十年振りにて、ひそかに茶道の独習を試み、いささかこの道の妙訣を感得仕り申候ものの如き実情に御座候。・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・すなわち芸術に対する感受性は必ずしも各人に普遍的なものではないから、ヴィエイが感得しないある物をケラーが感じるという可能性は残っている。 ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重い病のために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付けさ・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・を啓示する場合にのみ起こりうる現象である。もう少し複雑な方則が啓示されるときにわれわれはチェホフやチャプリンの「泣き笑い」を刺激され、もう一歩進むと芭蕉の「さびしおり」を感得するであろう。 叙事と抒情とによって文学の部門を分けるのは、そ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・を感得する事があった。 そういう状態にある彼は、今この差出人の不明な、何物とも知れぬ球根の小包を受け取って無頓着でいるわけにはゆかなかったのである。 彼は一度紙屑籠へほうり込んであった包み紙やひもや名あて札をもう一ぺん検査して見た。・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・すなわち、その週期の時に、いちばん小さな振幅あるいは加速度を感得しうるというのである。さらにおもしろいことは、その特別な週期が各人の身体の構造の異同で少しずつちがい、それが結局は各個人の、腰掛けた位置に相当する固有振動週期を示すものらしいと・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感得したものである。このほかには言い現わす方法のない、ただ発句によってのみ現わしうるものをそのままに発句にしたのである。 寂びしおりを理想とするという・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ こういう漠然たる空想をどこまでもとたどりたどって行った末に、彼は、確定と偶然との相争うヒットの遊戯が何ゆえに人間の心をこれほどまでに強く引きつけるかという理由をおぼろげながら感得することができるような気がした。同時に物質確定の世界と生・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫