・・・暴力は感心ができぬ。自ら犠牲となるとも、他を犠牲にはしたくない。しかしながら大逆罪の企に万不同意であると同時に、その企の失敗を喜ぶと同時に、彼ら十二名も殺したくはなかった。生かしておきたかった。彼らは乱臣賊子の名をうけても、ただの賊ではない・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 私は写真帳を見ながら、すっかり感心してしまった。そして林が何故、私のこんにゃく売りを軽蔑しないか、それがわかった気がした。 働いてえらい人間にならねばならない。日本ばかりでなく、外国へいってもえらい人間にならねばならないと思った。・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・十段目に、初菊が、あんまり聞えぬ光よし様とか何とかいうところで品をしていると、私の隣の枡にいた御婆さんが誠実に泣いてたには感心しました。あのくらい単純な内容で泣ける人が今の世にもあるかと思ったらありがたかった。我々はもっとずっと、擦れてるか・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・さすがに強情な僕も全く素人であるだけにこの実地論を聞いて半ば驚き半ば感心した。殊に日本画の横顔には正面から見たような目が画いてあるのだといわれて非常に驚いた。けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後・・・ 正岡子規 「画」
・・・柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱けない。」 ところが画かきは平気で「いいえ、あとで・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ 大体、外国の本当に偉い作家たちはよく女性を描いているので感心します。トルストイも実に生きた女を描いたし、このロマン・ローランもジャン・クリストフの中に面白い沢山の活々した女性を描写している。ロマン・ローランは本当に女性を細かく理解して・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・「それでも貴様はあれきり、支那人の物を取らんようになったから感心だ。」「全くお蔭を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連でみんなが背嚢を調べられましたときも、銀の簪が出た・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・まあ、感心。男。何が感心です。貴夫人。だって旨く当りましたのですもの。全くおっしゃる通りなの。ですけれどそれがまた妙だと思いますわ。それはわたくしあなたに悪い事だったと思っている事をお話いたすつもりに違いございませんの。そこで妙だと・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ これは作家の生活を中心とした見方の一例にまで書くのであるが、『春琴抄』という谷崎氏の作品を読むときでも、私も人々のいうごとく立派な作品だと一応は感心したものの、やはりどうしても成功に対して誤魔化しがあるように思えてならぬのである。題材・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・人間には感心しない物を感心したらしく詠嘆する能力がある。少しく感心したものをひどく感心したらしく言い現わす能力もある。人によれば自分の感じたことをわざと抹殺しようとする習慣をさえ持っている。あるいはほとんど無意識に自分の感じた事の真相から眼・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫