・・・それからは頗る慇懃に待遇した。 さて一切の用件を話して聞せた。 それを聞いたチルナウエルには、なぜそんな事をさせられるのだかは、分からないが、どんな事をすれば好いと云うことだけは、すっかり飲み込めた。チルナウエルも気の利いた男でポル・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その見かたは慇懃ではあるが、変に思っているという見かたであった。そしてボオイに合図をすると、ボオイがもう一杯水を持って来てくれた。 門番は話のあとをする。「潜水夫は一時間と三十分掛かって、包みを見付けたそうでございます。その間に秘密警察・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・見ているとこの外国人の一団はこの日本の作曲者を取り巻いてきわめて慇懃な充分な敬意を表した態度で話しかけている。そうして、これに対するこの日本人は、たとえばまず弟子に対する教師ぐらいな、あるいは事によるともう少しいばった態度で、笑顔一つ見せず・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そうでなくとも稀に逢えば誰でも慇懃な語を交換する。お石に逢う度に其情は太十の腸に浸み透るのであった。瞽女は秋毎に村へ来た。そうしてお石は屹度其仲間に居たのである。太十は後には瞽女の群をぞろぞろと自分の家へ連れ込むようになった。女房は我儘な太・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・夫に対するに顔色言葉遣ひ慇懃に謙り和順なるべし。不忍にして不順なるべからず。奢て無礼なるべからず。是れ女子第一の勤也。夫の教訓有らば其仰を叛べからず。疑敷ことは夫に問ふて其下知に随ふべし。夫問事あらば正しく答べし。其返答疏なるは無礼也。夫若・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・を出て長柄川春風や堤長うして家遠し堤下摘芳草 荊与棘塞路荊棘何無情 裂裙且傷股渓流石点々 蹈石撮香芹多謝水上石 教儂不沾裙一軒の茶店の柳老にけり茶店の老婆子儂を見て慇懃に無恙を賀し且儂が春衣を美む店中・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 私は、ありがとうだの、今日は、だのという慇懃な挨拶の言葉はロシア語で云うことが出来たが、かっ払いだの、泥棒! と絶叫することなどは知らなかった。ベルリッツのロシア語教課書に、そのような言葉はなかったのであった。私は日本語で思わず、畜生・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わったり、鷹狩の鶴を下されたり、ふだん慇懃を尽くしていた将軍家のことであるから、このたびの大病を聞いて、先例の許す限りの慰問をさせたのも尤もである。 将軍家がこ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・その情極めて慇懃である。好し好し。然らば主筆のために強いて書こう。同じく文壇の評ではあるが、これは過去の文壇の評で、しかもその過去の文壇の一分子たりし鴎外漁史の事である。原と主筆が予に文壇の評を求められるのは、予がかつて鴎外の名を以て文学の・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・家の中で非常に親しくしている仲であっても、公共の場所では慇懃な態度をとれとか、召使は客人の前では厳密に規律を守らせ、人目のない時にいたわってやれとか、というような公私の区別も、彼にとって算用であった。人を躾けるやり方についても、小さい不正の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫