･･･ 夜はいよいよ更けて、風寒きに、怪者の再来を慮りて、諸君は一夜を待明かさむ。 明くるを待ちて主翁に会し、就きて昨夜の奇怪を問われよ。主翁は黙して語らざるべし。再び聞かれよ、強いられよ、なお強いられよ。主翁は拒むことあたわずして、愁然･･･ 泉鏡花 「化銀杏」
･･･別を訣げなば妨げ多からむを慮り、ただわずかに一書を友人に遺せるのみ。 十一日午前七時青森に着き、田中某を訪う。この行風雅のためにもあらざれば吟哦に首をひねる事もなく、追手を避けて逃ぐるにもあらざれば駛急と足をひきずるのくるしみもなし。さ･･･ 幸田露伴 「突貫紀行」
･･･手段は既に十分にととのい、敵将を追落し敵城を乗取ること、嚢の物を探るが如くになり居れど、ただ兵粮其他の支えの足らぬため、勝っても勝を保ち難く、奪っても復奪わるべきを慮り、それ故に老巧の方々、事を挙ぐるに挙げかね、現に貴殿も日夜此段に苦んで居･･･ 幸田露伴 「雪たたき」
出典：青空文庫
