・・・子孫の計がいまだならず、美田をいまだ買いえないで、その行く末を憂慮する愛着に出るのもあろう。あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。 いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖す・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・・功名・権勢、扨は財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、其計画し若くば着手せし事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある、子孫の計未だ成らず、美田未だ買い得ないで、其行末を憂慮する愛着に出るのもあろう、或は単に臨・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・注射を受けながらの、友人の憂慮、不安は、どんなだったろう。友人は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、醜くとり乱すこともなく、三七、二十一日病院に通い、注射を受けて、いまは元気に立ち働いているが、もしこれが私だったら、その犬、生かしておかな・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・一先輩は、私のからだを憂慮して、酒をあまり用いぬように忠告した。私は、それに応えて、夜の不眠の苦痛を語った。そのとき、先輩は声をはげまし、「なにを言うのだ。そんなときこそ、小説の筋を考える、絶好の機会じゃないか。もったいないと思わないか・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 学位売買事件や学位濫授問題が新聞雑誌の商売の種にされて持て囃されることの結果が色々あるうちで、一番日本のために憂慮すべき弊害と思われることは、この声の脅威によって「学位授与恐怖病」の発生を見るに到りはしないかという心配の種が芽を出すこ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・陸海軍当局者が仮想敵国の襲来を予想して憂慮するのももっともな事である。これと同じように平生地震というものの災害を調べているものの目から見ると、この恐るべき強敵に対する国防のあまりに手薄すぎるのが心配にならないわけには行かない。戦争のほうは会・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 大国主神が海岸に立って憂慮しておられたときに「海を光して依り来る神あり」とあるのは、あるいは電光、あるいはまたノクチルカのような夜光虫を連想させるが、また一方では、きわめてまれに日本海沿岸でも見られる北光の現象をも暗示する。 出雲・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・むべき事ではないとしても、その企図に着手する前に私がここでいわゆる全機的日本の解剖学と生理学を充分に追究し認識した上で仕事に取り掛からないと、せっかくな企図があるいはおそらく徒労に終わるのではないかと憂慮されるのである。 美術工芸に反映・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・これを憂慮すれば子供はつくらぬに若くはない。 わたくしは既に中年のころから子供のない事を一生涯の幸福と信じていたが、老後に及んでますますこの感を深くしつつある。これは戯語でもなく諷刺でもない。窃に思うにわたくしの父と母とはわたくしを産ん・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 右に述ぶる事実、はたして違うことなくば、ある人の憂慮する少年書生の無勘弁なる者を導きて、これに勘弁の力を附与し、その判断の識を明らかならしむるの法、いかんして可ならん。身を終るまでこれを束縛して、政治経済等の書を見ることなからしめんか・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
出典:青空文庫