・・・日の当らない北側だけが病室にあてられているときいて、私は憎らしい気がしました。四年間に二十七名の党員たちが死んだのだそうです。よくバスの車掌さんなんかで警察へつかまると、スパイが迚も拷問し、しかも女として堪えられないような目にあわす話をきき・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ただ、平常前掛をしない由子が、何年か前、気まぐれに拵えた紫前掛、その色の古風なところも、そのまま偶然虫に喰われながら出て来て見ると憎らしい心持もしない。ホホウ! そして何だか微笑まれる。紫の布ッ端とばかり感じられない親密さがあるのであった。・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ どうしましょう、憎らしいわね。今朝みんな家でやられたのよ。さっき電話で、二十何人とか云ってたわ……皆をやったんだワ。会社じゃストライキのとき犠牲者は出さないって要求を入れときながら、この間っからドンドン新しい人を入れてたんですもの。ぐるな・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・子供は、憎らしいから、うんと憎らしい顔をしてみせるので、ここいらでこんな顔も見せておこうという意識されたジェスチュアはない。きよいというのならば、その点を云える。だから、私たちは子供相手で本気に腹を立てるし、泣いたり、よろこんだりもする。・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
・・・ 特別な点に気がついてねえ、 奉公人根性をどうしたって無くさせる事は出来ませんよ、 長く奉公をすればするほど気持の悪くなる御追従と謙遜と憎らしい図々しさばかり大抵はふえるもんです。 平気で自分の躰をさいなんで笑う様になります・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ そう知りながら、恨めしいような心持や、憎らしいような心持が、忘れようとしても忘られず心にこびりついているから、彼はせつないのである。 もうやがて近々に別れなければならない、耕地を見歩きながら、このことを思う彼の眼には、いつでも止め・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・の上に並べたり、ぐるりと畳の敷き合わせに沿うて立たせて見たり転したりするのだが、手に握っているうちに銅貨が暖まって来る工合、暖まった金属から発する微かな一種の匂いなど、妙に生きもの的な心持を起させた。憎らしいような面白いような気がこみ上げて・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・「二度ともう憎らしいことは云わないから、あなたも約束して。さっきのようなことは云いっこなし」 自分たちの生活を毒し、あわよくば其をこわす力は、決して無くなっていない。ひろ子は身をひきしめてそのことを思った。正面から攻撃しなくなったと・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・批評家にとってそこから自身の骨肉をわけて来た筈のその精神が、そんなに邪魔っけで憎らしい荷物に思われるように成ったというのは誰の目にもただごとではあり得ない。 当時より更に数年前にさかのぼってプロレタリア文学時代を顧みると、この時代には、・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・私は今まで少しゆるんだ心を又キューとはって、前よりも一層つくろった憎らしいほどすました様子をしました。 その男は油ぎった何とも云われないいや味な様子をして軽いカーブを廻る時、一寸止った時、そんな時わざわざよろける様にしては私のひざを小突・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫