・・・諸宗の信徒たちは憤慨した。中にも念仏信者の地頭東条景信は瞋恚肝に入り、終生とけない怨恨を結んだ。彼は師僧道善房にせまって、日蓮を清澄山から追放せしめた。 このときの消息はウォルムスにおけるルーテルの行動をわれわれに髣髴せしめる。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・健二はひとりで憤慨する口吻になった。 親爺は、間を置いて、「われ、その仔はらみも放すつもりか?」と、眼をしょぼしょぼさし乍らきいた。「うむ。」「池か溝へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ が、彼は、軍隊の要領は心得ていたので、本当の自分の心持は、誰れにも喋らず、偽札に憤慨したという噂は、流れ拡がるにまかせて、知らん顔をしていた。…… 七 鈴をつけた二十台ばかりの馬橇が、院庭に横づけに並んでいた・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 村は、歓喜の頂上にある者も、憤慨せる者も、口惜しがっている者も、すべてが悉く高い崖の上から、深い谷間の底へ突き落されてしまった。喜ぶことはやさしかった。高い所から深いドン底へ墜落するのは何というつらいことだろう! 荒された土地には・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・むしろ、これらの作家の小説と並んでその傍に、二、三行で報道されている、××の仕打ちに憤慨して銃を自分の口にあてゝ足で引金を踏んで自殺したという兵卒の記事の方が、はるかに深い暗示に富んでいる。 ただ、ブルジョアジーが、その最初の戦争からし・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 私たちの家の婆やは、そういう時の私の態度を見ると、いつでも憤慨した。毎月働いても十八円の給金にしかならないと言いたげなこの婆やは、見ず知らずの若者が私のところから持って行く一円、二円の金を見のがさなかった。 そういう私たちの家では・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・葛西さんがいらした時には、お二人で、雨宮さんの悪口をおっしゃって、憤慨したり、嘲笑したりして居られますし、雨宮さんがおいでの時は、雨宮さんに、とても優しくしてあげて、やっぱり友人は君だけだ等と、嘘とは、とても思えないほど感激的におっしゃって・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そんな事で憤慨して、制服をたたき売るなんて、意味ないよ。ヒステリズムだ。どうにも仕様がないものだから、川へ飛びこんで泳ぎまわったりして、センチメンタルみたいじゃないか。」「傍観者は、なんとでも言えるさ。僕には、出来ない。君は、嘘つきだ。・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・で、おりおりはむっとして、己は子供じゃない、三十七だ、人をばかにするにも程があると憤慨する。けれどそれはすぐ消えてしまうので、懲りることもなく、艶っぽい歌を詠み、新体詩を作る。 すなわちかれの快楽というのは電車の中の美しい姿と、美文新体・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・中でいちばん年とった純下町型のYどんは時々露骨に性的な話題を持ち出して若い文学少年たちから憤慨排斥された。夜の三時ごろまでも表の人通りが絶えず、カンテラの油煙が渦巻いていた。明け方近くなっても時々郵便局の馬車がけたたましい鈴の音を立てて三原・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫